■CASE5 宮田五樹 お嬢様の選択

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■CASE5 宮田五樹 お嬢様の選択

「なんで、こんなこと……」  残された俺は、統司を刺した詩音に尋ねる。  詩音はナイフを持ったままで、詰め寄ることは出来なかった。 「あなたたちが、レイカにこんな酷いことするからよ」  たしかに、俺たちは酷いことをしている。 「でも、こうしないと……」 「……あなたはレイカのお気に入りみたいだから、殺さないけど。殺したら、食材にもならないからね」  死んだ人間から、感情を奪うことは出来ないということか。  俺のことは生かして、レイカの食事にするつもりのようだ。 「レイカから離れて。早く。死んでさえいなければ、傷ついてても別に構わないのよ」  ナイフで脅しながら、詩音は俺を階段の方へと追いやる。  そうしてこっちに視線を向けたまま、詩音はレイカを拘束するロープをナイフで切った。  せっかく統司が拘束してくれたのに。 「レイカ。起きて」  詩音がレイカの体を揺すると、レイカはゆっくり体を起こした。 「詩音……」 「よかった。無事ね。標本室に女がいたけれど、食べたのよね?」 「ええ、食べたわ。おいしかった」 「……どこを食べたの?」  まるで俺のことなど眼中にないといった様子で、2人は会話を続ける。 「胸を食べてみたわ。なぜかとても惹かれたの。あの男の影響じゃないかって、私を刺した彼は言ったっけ」 「そう……」  レイカと詩音は友達らしいけど、詩音は、レイカに友達以上の感情を抱いているように感じた。 「そういうものに、興味を抱くようになったのね。それで、あの女からは、どんな感情をもらったの?」 「まだ、わからない。馴染んでる最中だからかしら。ぼんやりするような、締めつけられるような、不思議な感覚……」 「もしかして、恋心?」  詩音はレイカに顔を寄せながら、尋ねた。 「そうなのかしら」 「きっとそう。レイカ……」  至近距離まで近づいていた2人の唇が、とうとう重なる。  ああ、やっぱり、そういう関係らしい。  詩音の一方的な想いだったのかもしれないけど、いまはレイカも、好きという感情を理解し、詩音に応えているのかもしれない。  俺は、音をたてないようにして、階段を登ると、レイカの部屋を出た。  菜々花は、その場からいなくなっていた。  菜々花が起きて、1人でどこかへ逃げたんだろうか。  シェフが統司を運び出していたし、そのとき、メイドを呼んで菜々花もどこかへ連れて行ったのかもしれない。  詩音は必ずレイカの味方をするだろう。  レイカを倒そうとしていた俺を許さないはずだし、レイカに従うはずだ。  菜々花の影響で、新しい感情を宿したレイカが、詩音と関わることで、どうにか優しい気持ちを持ってくれたら。  そんな期待を抱くけど、優しい心を得たところで、自分を縛りつけナイフを刺し、スタンガンで眠らせた相手を見逃してくれるほど甘くはないだろう。  残っているのは俺と、詩音と、微笑み続ける少年だけ。  少年は、すでに食べられ済みだ。  だとしたら夕飯は俺だろう。  覚悟を決めなくてはならないのかもしれない。  部屋に戻った俺は、自分の甘さを呪った。  もう俺に協力してくれるやつはいない。  りっかが用意してくれていたライターとヘアスプレーも、統司が持っていたカバンの中。  そのカバンは、シェフが持って行ってしまった。  スタンガンも、最後は統司が握っていたし、たぶんレイカの部屋に落ちている。  俺の手元には何も残っていない。  ただ、優柔不断で何もできなかった自分への恨みと悔しさとやるせなさと、レイカへの殺意だけが募る。  眠ることも、対策を練ることもできず、時間だけが過ぎて行った。  そうして、7時を過ぎた頃、誰かが部屋のドアをノックした。 「……誰」 「メイドです。夕食の準備が出来ました。レストランフロアまで来ていただけますか」  食欲がないと断ったところで、たぶん意味なんてないんだろう。  きっとスペアキーを持っているだろうし、無理やり俺を連れ出すことくらい簡単だ。  しかたなく、俺はレストランフロアへと向かった。  レストランフロアには、4人掛けのテーブルが1つ用意されているだけだった。  そこには、隣同士で親しげに体を寄せるレイカと詩音。  少年が微笑みながら座っていた。  空いていた席……レイカの向かい側に座る。 「さっきは、気を利かせてくれてありがとう」  詩音が俺に言う。  2人を残し、俺が部屋を出て行ったからだろう。  あんなの逃げただけだ。  それがわかってて、嫌味を言っているのかもしれないけれど、実際、感謝してくれているのかもしれない。  2人の関係になにか変化があったのか、まるで恋人同士のような雰囲気が漂っていた。 「次の私の食事を決めるため、あなたたちの意見を参考にしようと思うんだけど」  レイカは、昼同様、また投票システムを採用しようとした。  けれどここにはもうレイカ以外3人しかいない。  1人は、心をほとんど失っている少年で、もう1人は、レイカに恋をする少女。  一縷の望みにかけて、俺は詩音を提案することにした。 「彼はすでに食べられているみたいだし、俺は詩音がいいと思う」 「あなたじゃないのね」 「俺は……食べられたくないから」  もう取り繕うことも無意味だと思った俺は、素直にそう伝えた。  諦めているし、すでに殺意も消えかけている。 「あなたはどう思う?」  レイカが、俺の隣にいる少年に尋ねる。 「なんでもいいよ」  少年は、本当になんでもいいのか、そう答えた。 「それじゃあ詩音は、どう思う?」 「私は、レイカが食べたい相手を食べたらいいと思うわ」  詩音の瞳が、レイカを見つめる。  そういえば、詩音は、胸を食べられた菜々花に対し、嫉妬のような感情を抱いているようにも見えた。  食べられることに関して、それほど抵抗がないのかもしれない。  むしろ、食べて欲しいようにも見える。 「レイカは、誰を食べたい?」  期待の眼差しを向けたまま、詩音がレイカに尋ねる。  期待する詩音を見ていたら、俺もまた少しだけ期待してしまう。  レイカは詩音を選ぶんじゃないだろうか。  そう思ったけど―― 「彼にするわ。私が食べたいのは、あなた」  レイカは、俺を見てそう言った。  俺の目の前で、詩音が顔を歪める。  俺は詩音を推していたし、食べられたいわけじゃない。  それでも、レイカはそんなことおかまいなしに、俺を選んだ。  詩音の恋心に気づいていないのか、気づいているうえで、気を使おうとは思わないのか。  俺の選択ではないのに、詩音に申し訳なくて、謝りたくなった。  でも、謝れば余計、詩音は傷つくだろう。  そもそも自分が食べられそうなのに、誰かを気遣ってる場合じゃない。  レイカは立ち上がると、俺の方へと回り込む。  レイカの手が俺の頬に触れる。  まるで愛おしいものでも扱うみたいに、両手で俺の顔を包み込みながら自分の方へと向かせた。  見あげたレイカは、最初に見た人形のような瞳じゃない。  人間の少女だ。 「痛くしない。優しくする」  レイカがそう言った直後、意識が遠のいていく。  麻酔を打たれたんだと、理解した。  このまま俺はレイカに食べられて、なにかを失うのだろう。
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