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小野寺からこれからの段取りを聞き、秀華は弁護士事務所をあとにした。
電車に乗り、一時間ほどの場所にある篠上総合病院に向かう。
電車を降りた秀華は、結婚指輪を外し、ボトムのポケットにしまった。
病院に到着するとエントランスを抜け、病院独特の匂いを纏いながら入院病棟へと急いだ。
【 201号室 本村若葉 】
秀華はドアをノックする。返事はない。わかってはいるが、胸が張り裂けそうになる。
呼吸を整えドアをスライドさせた。窓際に置かれたベッドの上に、人工呼吸器に繋がれた若葉が眠っている。
そっと傍に寄り優しく髪を撫で、
「若葉…… 」
反応のない若葉に話しかけた。
「若葉の代わりに私が全て奪ってやる。そう約束して八年もかかっちゃった。ごめんね…… でも、もうすぐだから待ってて。あいつを地獄に叩き落とすから、見守ってて」
秀華はベット横のパイプ椅子に腰掛け、若葉の手を包み込むように握った。
ほんのり温かいその手は、生きていることの証。
若葉の顔を眺めていると、病室のドアがノックされた。
「はい、とうぞ」
秀華が返事をすると、スライドドアがゆっくりと開く。
「秀ちゃん、来てたんだね」
白衣姿の医師、篠上良一が穏やかな表情を向けた。
「うん、今来たところ。良くん、今日はスクラブじゃないんだ。なんか新鮮、お医者さんみたい」
「なんだよそれ、俺は医者だ」
お互いクスッと笑い合う。
「今日は珍しく急患も少なかった」
「いい事だね」
「あぁ」
「ねぇ、良くん、若葉、いつか目を覚ましてくれるよね?」
「……… 」
良一が僅かに眉根を寄せる。
「ごめんね、また困らせた」
「いいよ。俺も、目覚めて欲しいと思ってるから」
「うん」
「こうやって三人揃うと昔を思い出すよ。秀ちゃんが餅食べ過ぎて、その後ずっとトイレにこもってた事とか」
「あったね、そんな事」
「食べ過ぎだからもうやめろって若葉の制止も聞かなくて、結局、な?」
「だって、私、お餅大好きなんだもん。特に、みんなでついた出来立てのお餅」
「だからって、6個も食べるやつがあるか! しかも普通サイズ」
「あれ? 5個じゃなかった?」
「6個だ」
「細かっ! 良くん、昔から記憶力だけは良いよねぇ」
「記憶力だけって、なんだよ」
「だってそうじゃんか、ねぇ、若葉」
若葉の口に耳を寄せる。
「うん、って若葉が言ってる」
「嘘つくな」
穏やかな空気に包まれ、ゆっくりとした時間が流れる。秀華にとって、なにものにも代え難い宝物だ。
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