若葉という存在

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若葉の後ろ姿が見えなくなると、秀華は店から離れ、肩にかけていたリュックの中から携帯を取り出し、画面を確認した。 長尾から何度もメールや着信が入っている。 携帯を眺めながら、秀華は罪悪感に苛まれた。 長尾に内緒で若葉に会いに来たことはもちろん、致し方ないこととはいえ、携帯は持っていないと、大切な若葉に嘘をついてしまったからだ。 秀華はすぐに長尾の着信履歴に発信した。 「秀華!」 待ち構えていたかのようなスピードで電話に出る長尾。 「お前、何故そこにいる!」 GPSで秀華の居場所は特定済みだ。 いつも温和な長尾とは違い、焦りと怒りが入り混じったような声だった。 こんなに感情を露わにする長尾は初めてだ。 黙って行動してしまったことに相当怒っているのかもしれない。 「ごめんなさい。どうしても会いたくて」 「会いたい?」 「うん、若葉に」 「もしかして、若葉さんはそこの料亭で働いているのか?」 「うん」 「そうか…… 会えたのか? 若葉さんには」 「うん、会えた」 「元気だったか?」 「うん、凄く充実してるって」 「そうか……」 気がつけば穏やかなボイストーン。いつもの長尾に戻っている。 「師匠、怒ってないの? 私、気持ち抑えられなくて勝手に会いに来た」 「怒って欲しいのか?」 「ううん、嫌だ。あのね…… 」 「ん?」 「これから、若葉の家に行っていい? 若葉、一人暮らし始めたんだって……ダメ?」 「いいよ、行ってこい。ずっと我慢させてきたもんな。だが、お前の大切な若葉さんでも、わかってるよな?」 「うん、わかってる。私たちの事は話さない。ただ、東京にはいないってことは言っちゃった」 「話してんじゃねぇか!」 「ごめんなさい。でも、アメリカとは言ってない」 「九州にいるって言っとけ」 「九州のどこ?」 「熊本だ。熊本は俺の生まれ故郷だから。真実味を出すために、東区に美味い海鮮丼屋がある。魚を売ってる場所で食べさせてくれる。何か訊かれたらそう言っとけ」 「うん、わかった。でも……」 「どうした?」 「ずるい」 「何が?」 「私も食べたい。海鮮丼」 「わかった、いつか連れてってやる」 「ホント⁉︎ 」 「あぁ」 「やったぁ!」 「秀華、若葉さんとこ、泊まらせてもらうか? 最後の夜は大好きな姉ちゃんと過ごしたいだろ?」 「えっ! いいの?」 「若葉さんが泊まってけって言ったらな」 「うわぁ! ありがとう、師匠!」 「飛行機には間に合うよう10時までには帰って来いよ」 「うん!」 電話を切ると、秀華はスキップをするような足取りで、駅前のレトロカフェに向かった。
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