若葉という存在

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「ただいまぁ」 自分でもよくわかっている。テンションが恐ろしく低い。 「おっ⁉︎ 帰ってきたのか?」 「うん」 「お前、振られただろ?」 長尾をキッと睨み返した。 「で、どんな男だよ? お前のことだ、顔、拝んできたんだろ?」 「いけすかないイケメン」 「へぇ〜」 「どうして男だってわかったの?」 「伊達に人生経験長くないからな」 「もう半世紀生きてるもんね」 「まだだ」 「四捨五入したら50じゃん」 「お前なぁ」 秀華はフッと笑った。 「お風呂入ってくる」 「あぁ、さっぱりしてこい。飯は?」 「食べてきた」 「了解」 長尾はそれ以上何も訊かなかった。訊かないけれど、秀華の心情は手に取るように読めていたのだろう。 ただ、朝目覚めると、秀華の大好きなものばかりが食卓に並んでいた。 手間がかかるから面倒くさいと、普段は作ってくれない甘い玉子焼きも、大量に皿の上に並んでいた。 もちろん、完食だ。 「師匠」 「ん?」 「日本に帰って来たらまた作ってくれる? 玉子焼き。師匠の玉子焼きってめちゃくちゃ美味しいんだよね!」 「お前の働き次第だな」 「じゃあ、作ってもらえるってことだ」 「自信満々だな」 「エリートサラリーマンみたいないけすかない奴には負けたくない。せめて仕事は。若葉にお店を買ってあげるのは私だもん」 「良い心がけだ」 そんな秀華を見つめる長尾の目尻は、この上なく下がりまくっていた。 ***** それなのに、どうしてこんなとになってしまったのだろう。 秀華が知る若葉は、とても幸せそうだったのに…… 自殺なんていったい何があったのか…… 「秀ちゃん? もしもし秀ちゃん!もしもし、もしもし………」 良一の声が、段々遠ざかっていった。
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