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妻という役
都内タワーマンション高層階2LDK。
玄関先で夫のネクタイを整える。高級スーツに身を包んだ姿は、完璧なエリートビジネスマン。
「行ってらっしゃいませ、旦那様」
「行ってくるよ。あぁ、そうだ」
理人がブランドのロゴが入った財布から4万円を取り出し秀華に手渡す。
「今月の分」
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます。それから、今日は産婦人科に行って来ますね」
「あぁ、そうだったな。もう一ヶ月か、早いな」
「ええ」
「今日も遅くなるから先に寝てなさい。食事も済ませてくる」
「かしこまりました」
「じゃあ」
微笑む秀華の額にキスを落とし、理人は部屋を出て行った。
玄関ドアが閉まると秀華の笑みは消え、能面のような表情で受け取った4万円に視線を落とす。
自室に戻ると家計簿を取り出し、日付と金額を記入した。
4万円を挟んだ家計簿を棚にしまい、洗濯をしながらキッチンの片付けをする。キッチンをピカピカに磨き上げると、次は部屋の掃除だ。隅々まで念入りに埃一つ残さないよう完璧に。
高遠秀華27歳。
メガバンクのトップ、日帝銀行に勤める8歳年上の夫 理人とは三年前に結婚した。
財布の紐は理人が握っている。秀華は生活費として毎月4万円を手渡されるだけ。
年収は2,000万円近くあるはずだが、毎月手渡される金額は結婚当初から変わっていない。
秀華の服は、体裁を人一倍気にする理人が買い揃えているが、食費、日用品、医療費をこの4万円でやりくりしている。
家計簿には秀華の涙ぐましい努力が詰め込まれているのだ。その家計簿に挟んだ4万円から1万円を抜き財布にしまった。
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