妻という役

2/8

101人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
これから産婦人科へ行き、ピルを処方してもらう。これも結婚当初からずっと続けている事。 マンションから歩いて15分程の場所にある産婦人科に到着すると、受付を済ませロビーで待つ。 三年も通う常連なので慣れたものだ。 理人は子どもを欲しがらない。それは結婚前からわかっていたこと。子どもはお荷物だと思っている。理人にとって、この世で一番かわいいのは自分自身なのだ。 初めてこの産婦人科を訪れた時、処方の理由を訊かれた。 「夫が子どもを欲しがらないんです。いつまでも新婚のままでいたいからと、そう言うんです。私は仕事をしていないし、夫に養ってもらっている立場です。自分の子を抱きたい気持ちはありますが、夫の気持ちを尊重したいと思っています」 その場にいた全員が憐れむ表情を見せた。そして女医は言う。 「あなたもご主人と同じ考えなら、何も言わないでおこうと思っていたんだけれども、それはモラハラよ」 「モラハラ、ですか……」 「ええ」 ここにいる女医も、看護師も、秀華がモラハラを受けていると認識しているのだ。 診察に訪れている妊婦のお腹を触らせてもらったり、鼓動を聴かせてもらったりする秀華の姿に憐れむ看護師たち。 「高遠さん、旦那さんに支配されているみたいよね」 「暴力は受けてないみたいだけど」 「目に見えるものだけが暴力じゃないわ!」 『そう、私はモラハラを受けている。何も言えない妻なのよ』 秀華は心の中で呟きながら、笑顔で妊婦のお腹を撫で続けた。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

101人が本棚に入れています
本棚に追加