妻という役

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「はいこれ、話していた家の鍵」 朱美が差し出したのは、先月亡くなった朱美の祖母宅の鍵だ。 家主がいなくなった家は、老朽化で取り壊される予定なのだが、その家を離婚成立までの避難場所として、朱美の両親がただ同然で提供してくれたのだ。 「熊本だから、すっごく遠くてごめんね」 『まさかこんな形で熊本に行くことになるなんて……』 秀華は心の中で呟いた。 「私、熊本には行ってみたいと思っていたから、とっても楽しみにしてるの。それに、理人(かれ)の近くには居たくないし」 「そうよね、ご主人、プライド高そうだし、妻から離婚を切り出されたとなると……ねっ。私も近くに居ない方がいいと思う」 朱美の言いたいことはよく分かる。無知で従順だと思っていた妻が、何の前触れもなく離婚届を叩きつけ出て行ったとなると、プライドの高い理人は決して黙ってはいない。離婚でなくとも、全てのことにおいて自分が優位に立っていなければ許せないのだ。血眼になって秀華の所在突き止めようとするだろう。 秀華は苦笑いを浮かべた。 「朱美さん、本当に何から何までありがとう。ご主人にもよろしくお伝えください」 「秀華さん、これ以上絶対無理しちゃダメ! もう十分。まだ27、人生これからよ。とっても素敵な女性なんだから自信持って。あなたは幸せになるべき人なのよ」 「……わかったわ」 秀華が再度微笑むと、朱美は秀華の手を握りしめ「慰謝料たくさんもらって、ぎゃふんと言わせましょう」力強い言葉を残し、公園をあとにした。 朱美を見送り、膝の上に置かれた茶封筒を手に取る。封はしていなかったので、そのまま中身を確認すると、理人が部下と腕を組み高級レストランに入っていく姿、見つめ合いながら出てくる姿、部下の腰に手を回し高級ホテルに入っていく姿、部下の住むマンションから出てくる姿、浮気現場を押さえた写真と、調査報告書が入っていた。
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