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 朝の空気はやはり気持ちがいい。  雅はそれを大きく吸い込み、ラスト・スパートをかけた。いつもの小さな公園へと駆け込む。 すべり台、鉄棒、ブランコ、と基本的な遊具は揃っている。早朝の今は誰もいないが、この辺りに住む親子にとっては昼間の憩いの場だ。  ランニングを終え、鉄棒に手をかけながら息を整える雅。そして中央に歩を進めると、しっかりと自然体で立った。  よしっ!  気合いを入れ「大然」の型を舞い始める。  子供の頃教えを受けてから、父の死後も怠らずに修練してきた。型は自分でその習熟度を確認するのは難しい。雅も、今の舞いがはたしてどれほど完成形に近づけているのかわからない。  いや、完成形などないのかもしれない。だからこそ、研鑽を続けなければいけないのだ。  山中にある河原で石に染みついた「人ならぬもの」を自然に還してから、そろそろ1ヶ月だ。あの時織田は、雅の力が高まっていると言っていた。  確かに、初めて彼や他の仲間達と関わった事件の頃より、慣れてきているかもしれない。何回か強引に連れ出され「人ならぬもの」へ対処してきたので、多少のことでは動じなくなってきた。  しかし、今の自分だけでは太刀打ちできないくらい恐ろしい「人ならぬもの」も、きっと少なくはないだろう。  私の「大然」は、今どの程度ですか? 上達しましたか?  青空を見上げ問いかけてみた。  もちろん応えはない。それでも、父の姿が大きく思い描かれ気持ちが和む。  いずれ、あの顔が笑って頷いてくれるのを目指そう――。  そう自分に言い聞かせ、今朝最後の「大然」を舞う。  終了し、歩いて家へ戻る途中、ランニング・ポーチに入れてあるスマホが鳴った。確かめてみると、相手は浜波署刑事課捜査一係の伊田修係長からだった。  嫌な予感……。  「美樹本か? 朝早くすまんが、事件だ。鳥川町外れの路地裏で変死体が発見された」  きれいな青空の一部に、暗雲が見えた気がした。
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