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 「ふうむ、あの娘、まだその気はなさそうなのか……」  天満(てんま)行徳(ぎょうとく)は座椅子に深々と座ったまま、大きく息を吐いた。  「今のところは。それに、僕には彼女が先生のような力を使えるとは思えませんが?」  巳城(みしろ)仁司(じんじ)が疑問をそのまま口にする。彼は天満と和机を挟んで反対側に正座していた。  天満は黒羽二重五つ紋付(くろはぶたえいつつもんつき)、いわゆる黒紋付という最も格の高い和装をしている。これが常の服装だった。紋は彼が教祖を務める宗教団体『今大宝房(いまだいほうぼう)』の印である。西行法師の紋と同じという話だが、真偽の程は定かではない。  「しかし、北見家があの術を代々引き継いできたことも、実際あれがあの娘のことを守ったのも確かな事実だ。無関係ということはあり得ない」  天満がキッパリと言う。(よわい)80をかなりすぎていると思われるが、矍鑠(かくしゃく)としていた。  先日、この天満と巳城が直々にあの娘――北見響希に会いに行った。本人は北見家の宿命も理解していたが、すでにあの村も存続しておらず、北見家も衰退した。今後は宿命を離れ普通に暮らしたいと言っていた。  今大宝房の元、我々と一緒により良い時代を創っていこう、と勧誘したのだが、最初の接見は芳しくなかった。その後巳城が何度か会っても変わらない。  「本当に彼女が先生と同じ力を持つのであれば、もっと活用していると思えるのですが……?」  巳城が首を傾げる。彼は天満とは対照的に、きっちりとしたスーツを身につけていた。  「まだ未熟なのかもしれん。いずれにしろ、長く待つわけにはいんな。我々の元に来ないなら、あの術を知る者は邪魔だ。今、北見の家で残っているのはあの娘だけだったな?」  「はい。一人娘だったそうですし、両親はすでに死んでいます」
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