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三日三晩降り続いた雪がようやくやんだ。
夜なのに真っ白な世界。
空気は冷たく澄み渡り、空は雲ひとつない深い紺色で、その中心に月が、まるで昼の太陽のように光り輝いていた。
眩しい、けれど太陽より柔らかで、包み込むような優しい光。
「なんて美しい世界…」
月に向かって手を伸ばし、その光を一身に浴びると、深い悲しみも癒されるような気がした。
それもほんの束の間で、すぐさま現実に引き戻される。
この美しい世界に、あの人はもういない。
その事実に…。
あの人が同じ世界で、この光景を同じように、或いは別の感情で、見ることも感じることも…もう二度とない。
あの人が残した足跡も深い雪に消えた。
たとえ一生、言葉を交わすこともなく、触れることもなく、お互いを認識することすらなく、微塵も接点などなくても、同じ空の下、同じ世界にいることが、どこかで僅かでも、繋がっていると思っていたかったかもしれない。
失って初めて、心に出来た空虚を知る。
もうどこにもいない…。
泣きながら、叫びながら、手を伸ばして、みっともなく足を縺れさせ、何度も転びながら必死に追いかけた。
あの人の足跡は、目に見えなくても、そこかしこに残されていたから。
その全てはどれも鮮明だったから。
とにかく追いかけたかった。
追いかけずにいられなかった…。
この先にはきっとあの人はいるのだと。
信じて。信じて。
降りしきる雪の中を必死に歩き続けた。
好きだ好きだ…。
嫌だ嘘だ嫌だ嫌だ嫌だ。
受け入れられない、受け入れたくない。
愛している。
胸が締め付けられて呼吸が出来なくなるほど、涙が溢れ出して枯れてしまうほどに。
愛している。
そんな言葉では足りないほどに。
力無く、振り積もった雪の上に跪き、月を見上げると、また涙が頬を伝った。
…目を閉じて、祈る。
この想いを、全ての人のあなたへの想いを、色とりどりの花に変えて、あなたの頭上降り注ぎ、安らぎと温もりを…。
あの人の残した足跡を、ひとつひとつ踏みしめて、受け入れて、ゆっくりと前へと進む。
いつか、追い越す日が来るのだろう。
時は無情にも刻まれてゆく。
止まることも戻ることもない。
ただ進むだけ。
冷たくなった指先に息を吹きかけた。白くなった息が指先をほのかに温めた。
月光は静かに道の先を照らしていた。
足跡は雪が消してしまうけれど、見えなくても、確かにそこに残っている。
まだ涙は溢れてきて、静かにこぼれ落ちてゆくけれど、顔を上げ、再び一歩を踏み出した。
この残酷で無慈悲で美しい世界を
真っ白な世界を
前へ前へ
狂おしい程の想いと祈りを捧げながら。
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