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「ねぇ、瑞穂さん。もしかして、スグルくんのママと揉めた?」
帰って早々、光彦が疲れた顔で訊いてきた。
話を聞いてみると、最近仕事帰りにスグルくんのママとよく遭遇し、今日にいたっては、家の近くまでついて来たらしい。
「参ったよ。後ろからずっと、君の悪口を言いまくっていてさ」
驚いた私は、先日、公園であったことを手短に話すと、光彦さんは気遣うようにそっと肩に手をまわして、優しく私を抱きしめてくれる。
「もしも君が良いなら、大事になる前に双方で話し合いの席を設けよう。それとも、いっそ、弁護士にでも丸投げしようか」
「光彦さん」
なにげない日常は、ある日突然崩壊する。
それを私は、身をもって知っている。
こうしてポケットにまつわる、六つ目のエピソードが追加された。
◆
あれも違う、これも違う、と。
スグルくんのママは、近所のドラッグストアで、スマフォを眺めながら商品を次々と手に取っていく。
どうやらAmazonに出品されている、同じ商品との値段を比較して、実際に購入しようか悩んでいるらしい。
隣で品出しをしている、店員の渋面に気づくことのない彼女は、当然、私の尾行にも気づいていなかった。
「チッ」
わざと大きく舌打ちして商品を棚に戻し、またスマフォに視線を落として店を出ようとするスグルくんのママ。
私は棚から、避妊具の小さな箱を自分のポケットに入れて、なにげなく彼女の横を通り抜けつつ、無防備に開いた彼女の上着のポケットに、避妊具の箱をそっと入れる。防犯カメラに映らないように、慎重に、そして、さりげなく。
――!
思った以上に呆気なく、制裁は終わった。
店を出ようとした瞬間に、ゲートからけたたましい音が鳴り響き、多くの、しかも近所の人間の視線を集めている中、スグルくんのママが店員と警備員に食って掛かる。
「私はそんなことをしていない。冤罪だ! 事故だ!」
彼女は必死に訴えるものの、態度の悪さが状況の悪化に拍車をかける。
仮に冤罪を晴らしても、もう彼女は、壊された日常の中で生きていくしかない。私にかまっているヒマも余裕も許されない。
スグルくん、ごめんね。
だけど、家族のためだから許してね。
ポケットからポケットに。
ポケットへポケットから。
私のポケットに咲いた赤い花。
大切なものを守るためなら、私は最低な人間のままで構わない。
【了】
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