私のポケットに咲く赤い花

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 私、織田瑞穂(おだみずほ)の人生は、ポケットの存在に、常に翻弄されてきた。  この三十年の人生で、通算五回。  かなりの頻度で、私の人生に影響を及ぼしてきたこの事象(じしょう)は、先日、一つの答えに辿り着き、私の心に一筋の光をもたらして、ポケットに決して枯れない赤い花を咲かせた。 「おかあさーん、見てみてーっ!」  砂場で遊んでいた娘たちが、興奮気味に小さな手を振る。  私の心を救ってくれた娘の小さな手。  その手は、枯れない花を作り出すうえに、私のポケットに、さまざまなプレゼントを(しの)ばせる魔法の手でもあるのだ。  ベンチに座っていた私は、娘に呼ばれて顔の筋肉がゆるむのを抑えられない。自分はこんなにも愛されている実感。親に対して全幅の信頼を寄せている、無垢な眼差しを向けられて、子供のようにはしゃいでいる自分がいる。 「どれどれー」  駆けよる私は、砂場にできたお城をしげしげと見下ろし、友達と一緒に、得意げな顔をする娘を思わず抱きしめたくなった。  幸せだ。  まさか、こんなにも幸せになれるなんて、イジメられていた学生時代には想像すらできなかった。 「(マナ)ちゃんのお母さんは、スマフォ観ないんですね」  ついさっきまで隣に座っていたスグルくんのママが、そう言って、遅れるように砂の城へと駆け寄る。どこか不満げな顔で私を見る彼女は、娘と一緒に砂の城を作って、得意げな息子の顔よりも、視線をじっと私に据えて、ポケットに突っ込んだ手をごそごそと、虫のように動かしていた。  楽しみを中断されて、不機嫌を隠さない親の態度に、スグルくんの顔が曇り、近くにいる娘の表情もみるみる影が差し始めた。このままでは、他の子供たちにも悲しみが伝染して、次の瞬間には、この場にいる全員が泣き出してしまう。  このままではいけない。  私は笑顔を維持したまま、スグルくんのママに言った。 「だって、こんなに立派なお城なんですよ。見ているだけで楽しいじゃないですか」  嘘ではない。この砂の城は、子供たちがお互いのバケツを持ち寄り、大中小の砂のブロックを積み上げて作ってた力作なのだ。なんでも人気のユーチューバーが【ガチで砂の城を(つく)ってみた】という動画をアップしたことで、自分たちも作ってみたくなったらしい。  重機と大人の力には及ばないが、枝で城壁に窓を書いたり、屋根に直接花を挿したり、城をぐるりと囲う川には、橋にみたてたカラフルなスコップが刺さっていたり、我が子たちの発想と個性のあらわれに、観ていて飽きることなんてなかった。 「ふーん。まぁ、そうよね」  なのに、見向きもせず、さぐるような眼でスグルくんのママは私を見た。あらを探そうとする彼女の目から、学生時代のイヤな記憶がぶり返すものの、さほどの脅威に感じないのは、私のポケットに枯れない花が咲いたおかげなのだろう。 「愛ちゃんすごいね。愛ちゃんが、バケツにいっぱい砂詰めたから、こんなに立派なお城が出来たんだよね。スグルくんは、三角の屋根とお城をくっつけたんだよね。器用じゃないとできないよね。みーくんはお城の周りに川を作って……」  私は一生懸命、子供たちの笑顔を守ろうとした。  娘を含めて、子供たちが砂の城を作っているのを見ていたから、この子たちに対する感想が言葉になってするすると出てきた。 「そうだ。写真撮りましょう」  私がそう言って、ポケットからスマフォを取り出すと、ぱぁっと花が咲くように笑う子供たち。この子達を見ていると、特に娘の笑顔を見ていると、生きていて良かったと本当に思えてくる。 「スグルくんのママも、写真を撮りましょう」 「えぇ、そうね」  そこへ遅くやって来たみーくんママが、スグルくんのママを促すと、スグルくんのママはしぶしぶと、ポケットからスマフォを取り出した。 「みーくん、ピースして」 「りんちゃーん、もうちょっとお城に寄ってねー」  さらに他のママやパパたちも、ポケットから次々とスマフォを取り出して、自分たちのこだわりの角度でもって、カメラを一斉に構えていく。  ふと、私は思った。 ――彼らのポケットには、いったい、どんな花が咲いているのだろう。と。  
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