何者かになりたい……、でも俺は何もできなくて……

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 ジッとしているとどうしても家が燃えた時の記憶が、脳内で大胡座をかいて存在感を放つため、無視できずに嫌な記憶クチャクチャしがむ。しがむたびに苦い汁が口の中に広がる気がした。俺をここから解放してほしい。  祈れば祈るほど人の気配は去るような気がする。白いカーテンの向こう側が徐々に黒染めされていくみたいに夜が更ける。つむじハゲみたいな真ん丸な満月がウサギさんと恋人気分で俺を見下している。  今に見てろと気持ちだけ歯ぎしりしていると、これでもかと清潔感をアピールした白い制服を着た看護師らしき男性が入って来た。 「純三郎君、起きたんだね。良かった。本当に良かった」  何が看護師的に良かったのか。俺がきっと順調に快方に進んでいることに違いない。俺は病院にとって作品みたいなものだ。  看護師は俺の顎から何かを外した。ギプスみたいな物が着いていたようで、自由に声を発せられるようになった。 「これ何なんすか?」 「覚えていないのかい。君、家が火事になったってこと」 「それはさっき思い出したんですけど、どうしてこんな怪我してんのかなって」 「君、倒壊した木材の下敷きになったんだよ」  家を出る時にシャッターの下を潜ろうとしたら、何かに押しつぶされた感触と絶望感を言われて初めて思い出した。そして人影がこちらに近づいてくる様子。 「今、お父さん呼ぶから、詳しく聞くといいよ」  二秒ほど遅れて、木材に潰された時くらいの衝撃を覚えた。  ──あのジジイは生きているのか。  父親は確か寝ている間に着火されたはずだ。 「ジ、父親生きているんですか」 「そうなんだよ。良かったなあ。家が燃えた時、たまたまお手洗いに行っていて、逃げ切れたらしいんだ」  急き込んで聞いたから、俺が喜んだと勘違いしたみたいだ。真っ黒なカブトの成虫くらいの苦虫をバリバリグチョグチョ噛み締めている気分だ。  看護師は入って来た時よりも、明らかに肩が下がった様子で部屋から出て行った。そんなに安心するレベルでやばかったのか。  ぼんやりしながらベッドで横になっていると、一時間後くらいに再び扉が開いた。  胴体が豆タンクで、手足はガジュマルの根っこくらいの細さ。典型的なジジイの、胴が太くて四肢が細い昆虫体型だ。父親が病室に入って来た。  看護師の話は本当だったみたいだ。父親は無傷だ。  俺を見るや否や、いきなり首元に掴みかかって来た。
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