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蒼いリンドウの記憶と、過去に死なせた少女の姿
「お母さんと何喋っていたんだ」
父親に心配などする脳の部位はない。自分の聞きたい話だけしに来たみたいだ。
「別に、何も喋ってねえけど」
「うるせえ、喋ろ、ガキ。てめえは俺の言うことだけ聞いてりゃいいんだよ」
父親の顎にたんまりついた贅肉が波を作っていた。
「なんでなんだよ。正直に喋ってやってんだろ。何も、一言も、一文字も会話をしてねえってよ」
「うるせえ、喋れ。喋りやがれ」
青髭と剃刀負けで青と赤の斑模様の口周りと、口角に溜まった白い唾が醜さの限界値を易々と突破する。こんな気色の悪い生き物が生きていける世の中は異常だと思う。とっとと淘汰されるべきだ。
父親は俺の首根っこを掴んで体を揺すって来やがった。俺の包帯の下の皮膚はまだ液状化しているのでグジュついた。
気持ち悪かったのか父親は手を引こうとしたが、ここで引くのはカッコ悪いと思ったみたいで、また指先に力を入れられた。
父親を追い払うため、すぐにナースコールした。さっきの男性の看護師が来だ。
「お父さん、止めてあげてください」
自分の作品を壊されるのは嫌だろう。看護師の男は全力で父親の腕を取って俺との間に立った。父親は相手が誰であろうと、自分を一ミリでも否定されるとキレる。
「うるせえ、藪医者。人間なあ、こんくらいのことしたって死にゃしねえんだよ」
「まだ皮膚は正常とは程遠い状態なのです。ここで刺激を与えると退院が遅れます」
退院が遅れるという言葉を聞いた瞬間、父親は紅ショウガくらい顔を真っ赤にして、出したい手を無理にひっこめた。本当は俺の口に手を突っ込んで、飲み込んだ言葉を掻き出したいほどだろう。
だが、売れない木彫り職人の父親は不要な入院代をかけたくなく、仕方なくひっこめたに違いない。家が焼けて余計に経済的な面が厳しいはずだ。
「勝手にしやがれ。何で助かったんだか。退院したら、マジで俺の駒みたいに動けや」
肩を怒らせて病室から出て行った。
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