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その後の入院中、俺の目の前に父親が現れずに済んだ。たまに学校の同級生たちが見舞いに来て、ああだこうだぺちゃくちゃ喋って帰って行く。彼らともこれくらいの距離感の方が心地良かった。
徐々に見舞いに来てくれる人も減っていった。薄情な奴らだなと思ったが、俺も同級生が事故にあって入院しても、同じ頻度の見舞いになるだろうと思い直す。
何もすることがなく、ただ思考するだけで時間を使った。何かをしたいのに、何もできないもどかしさでおかしくなりそうで怖かった。
夜が更けた頃、相変わらず時計の秒針の音のみが聞こえる。無の境地に入り、ひたすら真っ黒な天井を見つめてぼんやりしていた。何もしていないと体力があり余り寝付けない。
「何かしたいな。何かになりたいな」
長期間誰とも喋っていないので、自然と独り言が飛び出す。そんな自分に特別驚きもしない。今何時なのか、どういう体勢なのかも分からなくなってきた。
ただひたすらに、秒針の存在だけ音で感知していた。
「私も純三郎君と遊びたいよ」
つい大きな声が出た。焦って暗闇の中ベッドから立った。何が起きたのか、明らかに時計の音ではない、人の言葉が聞こえた。
誰もいないはずの空間から言葉を投げかけられた。俺の頭がおかしくなったのかと一瞬思った。それでも良いと思い直した。誰かと話せるなら錯覚や幻でも良い。
声のした方を向くと、知らない同い年くらいの少女が病室の隅っこに直立していた。
声の主の姿を見たら、本格的な恐怖がみぞおち辺りから全身に伝播して来た。
「誰ですか?」
少女の五体満足の肢体がこちらに向かって来る。
「忘れました? 昔よく遊んでいたじゃない」
黒髪のマッシュウルフで切れ長な奥二重の目元がイケメンだが、微笑むと女性らしい円やかさが表出される。女性性の中に男性性が交じるような魅力を感じる。
あっ、と声が出た。心当たりがあった。
少女は忘れられるはずがない人物だった。彼女の存在も何者かになりたいと思うきっかけだ。五歳の記憶が自然と思い出される。
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