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「思い出したって顔をしているね」
成長したリンカの真っ黒な瞳が夜闇に紛れて光り、オニキスみたいに柔らかに煌めくも、責める気持ちの尖ったガラス片みたいな棘が俺を突き刺す。
「忘れた時なんかないよ」
ふうんと気の籠っていない返事が怖かった。
「当時の人の死への絶望も忘れていない?」
「多分」
目が暗闇に慣れて来た。奥二重のキリッとした目がパチパチし、しばらく見つめられる。砂場で遊ぶ記憶と重なり、より美しく光って見えた。責められていてもリンカなら、受け入れられる。
「お母さん見捨てちゃったのは、どうなの?」
「あの時は、ああするしかなかったんだよ。あのままだったら、俺までもお母さんと一緒に焼死するところだった」
実際今考えても、あの時見捨てて逃げる以外に採るべき行動は思い付かない。
「じゃあ、今こうやって命が助かったにもかかわらず、ずっとベッドで何もせずにいるのはどうなの? 寝ていても何かできることないの」
「分かっているよ。でも、今具体的にどうすればいいのか全然分かんないんだよ」
俺自身でも驚くくらい、大きな声が出た。リンカを目の前で失った経験をしておきながら、今度はお母さんを見殺しにした。どれだけ没交渉の家族だったにしろ、自身の肉親の死を許したのは事実だ。
動悸が重く激しくなり、耳の奥で野太い血の叫びを感じる。自責の念がないわけがないだが、何もできない俺は小さな人間なのだ。自覚はあるので、誰も責めないでほしかった。
「大丈夫ですか、鬼頭君」
リンカ以外の声が聞こえた。いつの間にか男の看護師が隣におり、俺の肩に手を置いている。
看護師は耳元で心を静めるために、ゆっくり眠って安静にするように言う。だが、そんな悠長な態度を取っている場合ではないと焦っていた。何をするかは決まっていないが、何か行動するためには何もない病院は抜け出さないと何も始まらない。
せっかく生き延びたにもかかわらず、このままでは父親との違いを示す機会が得られない。明日の夜、とりあえずここを抜け出そうと決めた。とりあえず看護師に勘づかれないように、今日は大人しくベッドに身を横たえて布団をかぶった。
明日の夜は絶対に抜け出し、リンカを見返してやりたい。
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