6人が本棚に入れています
本棚に追加
生垣がわさわさ生えた住宅街や大き目のマンション、広い公園などが続く大通りを黙ったまま延々と引っ張られ続ける。駅前に近づくと急にコンビニやスーパー、ドラッグストアが多くなる。あざみ野駅に到着した。
途中、道ですれ違う多くの人たちに見られたのが本気で恥ずかしかった。ここまで来たらついて行くしかないので、手を離してくれても良かったではないか。
見られていると気づかないのが父親の性質だ。無神経な性質がプライドの高さと相まって余計に厄介な人間性へと変化する。
無神経で周囲の人を気にかけられず、プライドが高くて気付いたとしても自分を曲げない。
あざみ野駅から一度乗り換えて日吉駅に到着した。大学が近くにあるので、学生が一人暮らしするアパートが多く、その中の一室に父親は入って行った。
「ここで今日から暮らせ」
爺ちゃんが作業場に使っていたという話だったので、もちろん期待なんかしていなかったが、狭すぎるワンルームを見て言葉が出ないほど絶望する。多分二人暮らしを許されていないだろう程の狭いワンルームだ。
「ってか、学校はこっから電車で行くことになるのか」
高校は前まで住んでいた家の近くの上星川にある。電車で行くとなるとかなり面倒くさい。
「お前、もう学校行かなくていいよ」
父親の口から腐った卵みたいな口臭に紛れて出た言葉には、漬物石をぶつけられたくらいの衝撃があった。学校に行かなくて良いとは、まさか。
「え、意味不明なんだけど」
「いや、だってもう金ねえし。お前も働いてもらわないと駄目だから」
狭いワンルームのはずなのに、急に圧迫感が消えていった。意識が遠退いて現実感を失ったみたいだ。
学校に行けなくなり、働かないと駄目なのか。父親の懐は俺の予想以上に寒風吹きすさぶ現状なのか。
中卒という、正直人生のハンデを背負ってこれから生きていかないといけない。
「もう退学申請しておいたから、今すぐ働けるから」
父親は本気で俺を駒として扱うつもりのようだ。いつの間にか背中と額に粘性の強い汗をかいて、震え始めている。こんな醜い生き物の駒にされるなんて吐き気しかしない。
「ってか、俺はどこで働くっていうんだ。どっかタコ部屋とかに売って稼いで来いってわけか」
父親はどうせ時代遅れで創意工夫ができないので、単純な発想しかないだろう。
「いや、違う。もっと頭の良い稼ぎ方だ」
「何をしろって言うんだよ」
「今からお前はここで一生閉じこもって、木彫り人形を俺の言う通りにたくさん作ってもらうからな」
最初のコメントを投稿しよう!