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根源~汚くて凡俗な父親とは異なりたくて
●第二章 俺が俺である根源。ナメクジの交尾で生まれる天使
二〇二三年 二月
鮭を咥えた熊、舌を垂らした柴犬、薬師観音像、毛繕いする猫、馬に乗る人、いつも通りの表情の般若の面、首を傾げる座敷童、気持ちよさそうな顔のホトトギス。
「どれもこれも本当に下らないわね」
真っ黒な檜みたいな肌をしたお母さんが、自宅のガレージ兼木彫り職人の父親の作業場にある、作品を一点ずつ睨み歩いていた。
夜中の二時、お母さんにガレージに来るように言われた。睨みながら歩くお母さんのサンダルの擦れる音がザアザア響く。シャッターは閉まっている。通気性がなくモワモワした空間の中で、擦れる音は異質だ。
「どうしたん。ってか、何でこんな時間に俺呼び出したし」
お母さんが俺を呼び出すなんて珍しかった。俺たち親子三人は殆ど没交渉だ。強いて言えば、父親が一方的に俺たちに絡んで来るだけ。
「純三郎、私はあんたの運命までも握っているのよ。だから呼んだの」
「何言ってんのか意味分からんから、普通に喋ってくれよ」
わざわざ夜中に呼び出しておいてまでして何を伝えたいのか分からずイラついていると、お母さんはジーンズのポケットから小さな銀色の光を取り出した。父親の煙草用のジッポだ。
シッとスラッシュみたいな音がした次の瞬間には、座敷童子の人形が一瞬で火達磨に変わっていた。
一体何が目的なのか。お母さんの横顔をしっかり確認し、読み取ろうと試みた。興奮しているのか、黒ずんだ顔が紅潮している。
「本当にこんな作品残して意味なんてあるのか。どれもこれも個性のない木彫り人形の定型みたいな作品ばかりで、わざわざあの男が作る価値なんてないと思う。純三郎はそう思わない?」
冬の乾燥した空気の中、炎は自由自在に拡大を繰り返す。朱いベロが左右上下に伸びて妖怪に見える。炎は隣にある熊の人形を舐めて飲み込んだ。
俺もお母さん同様に父親の作品を別に認めてはいない。言語化できないが、とにかく気に入らないものは気に入らない。それ以外の感想はないし、考えようとした試しもない。
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