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父親本人は今、ベッドで大の字になって痰の絡んだ鼾をかいて寝ている。まさか自作が燃やされているなんて思ってもいないだろう。
面白いほど次々と燃えていく木彫り人形たちを眺めていると、ガレージの天井にも燃え移り始めている事実に気付いた。
「良いの? こっちまで燃えてるけど」
お母さんは紫色の唇をグニャとさせて、口笛を吹く。
「いいんだよ。鬼頭家はこれで終了なんだよ。この下らない何の価値を生まない人形と、今寝ている人間の屑と一緒に、私たちも塵になるんだよ」
俺の中でようやくはっきりと焦りが生まれた。お母さんは作品だけではなく、本気で俺たち家族丸ごと焼き尽くすつもりだ。
何が嫌でそんな考えに至ったのかは、分かり過ぎるほど分かるから同情はする。だが、俺は人生十七年間、「はい、終わり終わり」と暢気に死を受け入れるなんて到底不可能だ。
「嫌だよ。俺はまだ死ぬつもりねえし、死にたいならお母さんと父親が勝手に死ねよ。俺を巻き込むなし」
「だから、今ここに呼んであげているんじゃん」
お母さんの見開かれた両目の黒い部分がゴキブリの翅みたいにビカリと黒光りする。
話している間にも炎の勢いは増していく。すぐに逃げないと俺も炎に丸呑みされる。シャッターの施錠を解こうとスイッチを押しに壁に近づこうとするも、枯れ木のようなお母さんの腕が俺の右の足首にまとわり付いていた。
「何だよ、逃がしてくれるんじゃねえのかよ」
ガレージの中を見渡すと、もう形を残した人形は一つもない。全て紅蓮の生垣みたいに茫々と燃えている。ガレージ全体が人間の体の中みたいに真っ赤になっている。
お母さんの腕を何とかしない限り、生き延びることはできない。
「もし生きたいなら、自力で母親の私を振りほどいて逃げるんだよ。お前さえいなければ私の人生だってこんなに辛いもんじゃなかったんだから。生きたいなら、それなりの気持ちを行動で見せてみなさいよ。これは私からの試練だよ。親を見殺しにできるならやってみなさい」
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