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黒光りする目と紫色の唇から涙と涎が垂れる。相当心乱れているようだ。ここまで追い詰められているのであれば、お母さんは死を選ぶ権利があると思った。誰にも咎められる筋合いはない。
掴まれていない方の左足の踵でお母さんの脳天を蹴った。親に対する行動ではないだなんて痛いくらいに分かっている。だが、暴力しか採る手段がない。焦りで感覚も鈍磨して罪悪感があるのかもよく分からない。とりあえず生きるため、何度もスニーカーでお母さんの顔を踏みつけた。表情がグニャグニャ変わる。
「お前が辛いのは俺とは関係ねえだろ。父親に言えよ。巻き込むな」
「お前はあの男の子供なんだよ。あの男みたいになりそうだから、前以て殺しておくんだよ」
お母さんは俺に踏まれたまま、ニチャリと口角を上げる。煙のせいか、感情の激化のせいか分からないが、ダボダボ涙をこぼしている。
「純三郎、あんたお父さんの言う『男は中身が大事理論』を本気にしているんでしょ」
肯定も否定もしなかった。別に本気にしているって程ではないけど、特に疑いを持っているわけでもない。
男は中身が大事というか、人間中身が大事だと思ってはいる。
俺が何も反応しない様子を見て、図星を突けたと思ったのか、歪んだお母さんの口はこれでもかと捲し立て始めた。
「男は中身が重要だから外見はどうでも良いなんて思っている奴に限って中身も破綻しているんだよ。クソったれが。お前の父親が確たる証拠だ」
お母さんの叫ぶ口から唾液が垂れ、ガレージの床に小さな染みを作るが、熱で蒸発してすぐ消えた。
「お前の父親は外見も醜悪そのものだけど、中身もとんでもない奴だ。そんな奴の彫った作品なんて当然価値なんてない。だって外見なんてどうでも良いって思っているのに、美を売る芸術で大作を残せるわけがない」
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