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「クソアマのにこごり」「てんけいてきしっぱいさく」「ゴミにんげんののこりカス」「じんるいのにくべんき」「のうなしそんざいかちなし」「しゃかいのたんつぼ」
悪罵の言葉が彫られている。父親は機嫌の悪い時、決まってお母さんの体をロープで縛って彫刻刀で文字を掘る。世間的に何も持たない父親のできる唯一の支配的行動だ。
汚い言葉が一緒に燃えている光景を見ていると、今の状況に必然性帯びて来た。燃えながら悶えるお母さんに背中を向けてシャッターを開いた。
「クソっ、クソっ、本当にこれで終わっちまうのか。嫌だよう嫌だよう。助けてよ。何でこうなっちゃうのさ」
お母さんの姿はもう炎に隠されて見えなくなり、後悔の言葉だけが赤い空間に響いた。心臓がギュルギュル締め付けられている気がするが、とにかく逃げないと。
シャッターの下に潜れるくらいの隙間ができたのを確認して、しゃがんで潜ろうとした。
頭を通すと、背中に圧力を感じた。
酷く熱い。何が起きたのか。
一瞬不意を突かれた後、すぐに頭に鈍重な衝撃を食らった。何か落ちて来たようだ。燃える家が崩壊して、物体が落下したに違いない。現状を察知して脳が震えた。
視界が暗くなる。意識が飛んで行くのが分かる。
まだ死にたくない。こんなところで死んで堪るか。俺にはまだやるべきことがある。父親とは違うと証明しないといけない。そのためには、生きないといけない。実際にどうするかは決まっていないけど、このまま死んでは負けなことは確実だ。
俺は父親とは違って何かになりたいと念じ、意識をタコ糸で繋ぎ止めようとする。
だが、現実はどんどん遠退いていく。シャッターから上半身を出し、何人かの黒い人影がこちらに向かって来る光景が薄れる視界に映る。どうか未来のため、俺を助けてほしい。
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