四_昭和28年(1953年)

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四_昭和28年(1953年)

 ヤタの傷は、本当に一年ほどで回復した。  傷が癒えて包帯を解いた彼女は神がかった美しさがあり、長いまつ毛に縁どられた瞳は金色で、(ベニ)()さなくても赤い唇はふっくらと潤っている。それも八年も変わらぬ美貌のままだ。  もしかしたら、彼女は本当に、人間ではないのかもしれない。  だが清一はそれでもいいと考えている。  人間しかこの世にしかいないなんて、それこそ救いがないではないか。  この八年で、清一にも変化があった。  食べた野菜や肉を吐き戻すようになり、体が水しか受け付けず、感覚が異様に研ぎ澄まされて、ヤタのいう地脈らしき青い(もや)も見えるようになった。  このまま彼女と暮らし続けていけば、自分は人間を辞めることになるのだろうと、そんなことを考えていた矢先に、八年ぶりに伯母の栄子が訪ねてきた。  彼女は清一の意志を無視して、勝手に縁談を進めていたのだ。  相手の女性のことは覚えていた。  水汲みで寺を出たときに、道に迷ったと声をかけてきたのだ。  なんでも父の仕事に興味があり、無理矢理同行したのだが、棚田の美しさと物珍しさに気を取られて、気づいていたら迷ってしまったらしい。  なんだか彼女の言動が、母の幸子を想起させて懐かしい気持ちになった。  快諾して、村の役所まで送ったのだが、それがいけなかったのだろう。
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