9人が本棚に入れています
本棚に追加
終_昭和28年(1953年)
勇と栄子は下半身が土砂にはまり、身動きが取れない状態となっていた。
土砂で家屋が潰れ、上の階にいる息子や孫たちの悲鳴が聞こえるも、助けにいくことすらままならない。
「栄子さん、おれは栄子さんと夫婦で、幸せだったよ」
死を覚悟して、勇は感謝を告げた。
「なにをいまさら、私も幸せだったんですからね」
勇は驚いた。
てっきり恨み言を吐かれると思っていた。
「だって、お前、清司さんのことを」
「えぇ。確かに、憧れましたけど。私たちをこの時代から守ろうとしてくれたのは、貴方じゃないですか」
言い切る栄子の顔は、泥にまみれても美しかった。
「あははは。そうかそうか」
「あーあ、ほんとうに惜しいわ。蜜柑畑、観たかった」
「あぁ、とても立派な実をつけていただろうな」
二人は同時に目をつぶる。
棚田だった斜面に、たわわに実った蜜柑の樹が茂り、朝日を浴びて黄金色に輝いているのだ。
息子夫婦が笑い、孫たちが無邪気に蜜柑へ手を伸ばし、その後ろで自分たち夫婦が感慨深げに眺めている――そんな夢だった。
【了】
最初のコメントを投稿しよう!