終_昭和28年(1953年)

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終_昭和28年(1953年)

 勇と栄子は下半身が土砂にはまり、身動きが取れない状態となっていた。  土砂で家屋(かおく)が潰れ、上の階にいる息子や孫たちの悲鳴が聞こえるも、助けにいくことすらままならない。 「栄子さん、おれは栄子さんと夫婦で、幸せだったよ」  死を覚悟して、勇は感謝を告げた。 「なにをいまさら、私も幸せだったんですからね」  勇は驚いた。  てっきり恨み言を吐かれると思っていた。 「だって、お前、清司さんのことを」 「えぇ。確かに、憧れましたけど。私たちをこの時代から守ろうとしてくれたのは、貴方(あなた)じゃないですか」  言い切る栄子の顔は、泥にまみれても美しかった。 「あははは。そうかそうか」 「あーあ、ほんとうに惜しいわ。蜜柑(みかん)畑、観たかった」 「あぁ、とても立派な実をつけていただろうな」  二人は同時に目をつぶる。  棚田だった斜面に、たわわに実った蜜柑の樹が茂り、朝日を浴びて黄金色に輝いているのだ。  息子夫婦が笑い、孫たちが無邪気に蜜柑へ手を伸ばし、その後ろで自分たち夫婦が感慨深げに眺めている――そんな(未来)だった。 【了】 84097fe5-569d-49bb-85a9-579c31d7846a
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