食(後半)

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食(後半)

 上五分の一ほどに占める脂身、その下の赤身にはしっかりと火が通っている。薄ピンクの部分など無く、しっかり火が通っている。まさに私好みのトンカツだ。  この四切れ目を食べたところでたくあんを一切れ。  今までと違ったポリポリとした食感が実に新鮮で、改めてトンカツと向かい合おうという気持ちにさせられる。  ふと気になってカウンターに座ったもう一人の青年を横目でチラリと見ると、偶然なのか私と同じようにたくあんに齧り付いていたところだった。  あまりじっくりと見ることはできないが、どうも私にスピードを合わせているような気がする。まさか……という考えが頭をよぎるが私はその考えを即座に否定した。  そうだ、そんなことはない。あんな若者が私のことなど知っているはずがない。  私は五切れ目のトンカツの衣の感触を楽しみながら再び食べ始めた。  程々にサクッとした衣。  その昔、トンカツの衣で喉を切ったという人がいたというが、アレは果たして本当なのだろうか?などと考えがよぎる。  サックリとした衣と、ソースのかかった部分の少しふやけた衣の食感の対比。ソースと絡んだ衣の味。歯切れの良い肉の歯ごたえ。改めて実にいいトンカツだ。  肉の大きさと柔らかさは多分少し厚めに切って叩いて柔らかくしたのだろう。このトンカツの厚さと大きさは叩いて柔らかくすることを考慮した結果に違いない。  特にいい肉というわけではないが、安物を使っているわけでもない。値段に見合った程よい肉のチョイスは店主のチョイスなのか、肉屋と相談した結果なのか……  数度噛んだところで米を頬張る。  炭水化物と脂肪とタンパク質のハーモニーがたまらない。  同時に、米を頬張ることで口中は余白が無くなり、咀嚼筋により力が入る。  それを一気に嚥下してからさっぱりさせるための千キャベツを口中へ。  トンカツにおける千キャベツは米に等しいと思え。ひと切れたりと残さない気持ちでつまんだ後は少し散った千キャベツを山の中に寄せて一塊にし直す。後からまとめようとするとあちこちに散ったキャベツをせわしなく寄せることになるのでみっともない。あくまで一度食べるごとに優雅に、あくまで優雅にキャベツを寄せる。  キャベツを咀嚼しながら皿の上のキャベツを寄せる。食事の動作は無駄なく、優雅に、他者に不快感を与えないように。  味噌汁をひと啜り。  ここまで食べた後の味噌汁は少し冷めていて私には適温だ。具をバランスよく食べることも忘れてはならない。  あとは最後まで同じペースでじっくりと味わいながら食べていく。  トンカツの衣、肉、キャベツ、味噌汁、米。一つ一つの料理の魅力を探し出しながら、それでも無駄に遅くならない程度の速度で味わい続ける。  全て食べ終わったところで最後に残っていたたくあんを食べる。全て無くなった後に口中に現れるポリポリとした食感が実に心地良い。
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