第八話 ラング・ド・シャの紅葉流し

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 空になった袋と箱を片付けながら、ミソカがぽつりと言う。 「赤橙の魔女……ザクロ様の手を借りるようになってからは、子供達の数がだいぶ減ったそうです。菓子のおかげで、満たされて成仏していったんでしょうね。……先ほどは済みません。赤橙の一族には、感謝しているんですよ」    ミソカは余所を向いたまま、言葉を続けた。 「僕らは、紅葉を風で流すだけでした。食べられないただの葉っぱで一時的に慰めて鎮めるだけで、彼らの空腹を……悲しみを、本当に満たしてやることはできなかった。僕らでは、救えなかったんです」  自嘲を含んだミソカの言葉に、スグリは思わず口を開く。 「私は、ここで泣いている子供達がいることすら知らなかったわ。あなた達に頼まれるまで、伯母さんも、他の誰も気づかずにいた。でも、あなた達はあの子達に気づいて、ずっと慰めていたのね」  放っておくこともできたはずだ。  この時期だけと言っていたし、少しの間見て見ぬふりをしておけばいい。  人間のことなど、化け狐の彼らには関わりの無いことなのだから。  だが、その泣き声を憐んだ彼らは、子供達の霊を慰めた。紅葉が色づかない時には、人間に頼み、手を借りてまで。 「あの子供達が成仏できたのは、最初に手を差し伸べた、あなた達のおかげだわ。子供達を救ったのは、ミソカ君達よ」 「……」  ミソカが細い目をわずかに見開いて、やがて顔を伏せて溜息を吐く。 「僕よりも彼女の方が、よほど青い。そうは思いませんか、黒の御方様?」 『俺に言わせりゃあ、どっちもどっちだな』  ミントはくああ、と欠伸を零す。 『それより、早く帰らねぇと日が落ちるぞ。見ろ、チビがうとうとしだしたじゃねぇか』  ミントの指摘通り、片付けの手伝いをしていたノゾミが眠そうに首を揺らしていた。スグリは急いで荷物をまとめる。 「それじゃあ、帰り……ええと、どうやって?」 『ここに来た時と同じだろ。おい、薄野の巾着は……』  言いかけたミントの前で、ぼんっ、と何やら白い煙のようなものが上がる。  何が起きたのかと目を丸くするスグリの前には、見知らぬ一人の青年が立っていた。  スグリよりもずっと背が高い、年上の青年だ。長い白銀の髪を持ち、古風な水色の狩衣を身に纏っている。涼やかで整った容貌は、以前月夜の茶会で見た男性とよく似ていた。 「え……」 「こちらの姿の方が、弟を抱えやすいもので」 「み……ミソカ君?」 「はい。実はこちらが、本来の姿なんですよ。普段は弟に合わせて、子供の姿をしているんです。その方が相手も油断するので」  にっこりと糸目で笑う彼は、ノゾミと荷物を軽々片手で抱えた後、スグリに歩み寄る。ぽかんとしたままのスグリの腰に、空いたもう片方の長い腕を回したかと思えば、ひょいと抱え上げた。  急な動きで、スグリの肩に乗っていたミントが地面に落ちる。 「わっ……」 『おい、何してんだ!』 「ああ、失礼。落ちないように掴まっていて下さいね、スグリさん」  わざとなのだろう。落ちたミントを完全に無視して、ミソカはスグリだけを見て微笑む。 「赤橙のお嬢さん。せっかくですから、僕らの山を見て行って下さい」  言うなり、ミソカはとんと地面を蹴った。強い風が吹いて、先ほどの紅葉やラング・ド・シャのように空高く舞い上がる。  スグリは急な浮遊感に驚き、咄嗟に水色の着物に掴まる。強い風にぎゅっと目を閉じたが、近くで名を呼ばれてそっと目を開いた。  柔らかな茜色の光が、目の前で揺れる銀色の髪を照らす。  ミソカの白い横顔は、初めて見るような穏やかで優しい表情で、そして、どこか誇らし気であった。  彼の目線の先を見れば、夕日に照らされて赤く染まった山並みが何処までも続いており、それはとても美しく、どこか郷愁を誘う光景だった――   *** 「……あれ」  気づけば、スグリはポムグラニットのカウンターにうつ伏せて眠っていた。  まさかまた夢オチ……と思いきや、すぐに現実だと気づく。カウンターの上に、紅葉が二枚置いてあったからだ。  大きい紅葉と、小さい紅葉。  色が変わる途中なのか、緑色と黄色と赤色が混じったそれは、とても綺麗だ。カウンターの上にはどこか呆れた様子のミントが座っていて、『土産だとよ』と言う。 『ったく、千年ドラゴンの次は青二才狐かよ……ふり幅広すぎるだろ……』 「ドラゴン? キフルさんがどうしたの?」 『あー、何でもねぇよ。腹が減った、早く飯にするぞ!』  尻尾を上げて奥の扉に向かうミントに首を傾げつつ、スグリは慌てて追いかけたのだった。
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