第四話 ドラゴンと花蜜コットンキャンディー

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  *****  「ミントー!」と叫んで店に飛び込み、カウンターの上で相変わらず居眠りこいていた黒猫を無理やり抱え上げたスグリは、庭に飛び出た。  店の前庭では、十メートルはある大きな深紅のドラゴンが羽を畳んで腰を落ち着けようとしている。 「すごい、本物のドラゴンすごい……!」  胸に抱いた黒猫をぎゅっと抱きしめて感極まるスグリであったが、抱きしめられたミントは呆れたように言う。 『お前なぁ、なに暢気に感動してんだよ』 「だってドラゴンよ! 本物のドラゴンよ! 見てあの翼、大きくて、ものすごく大きくて、かっこいいんだから! 鱗もすごく綺麗だし堅そうだし、爪も牙もかっこいいのよ! 顔もかっこいいわ!」  数十年前から絶滅危惧種に指定されているドラゴン。  普段はひっそりと山奥や洞窟、古い遺跡に棲む彼らの保護活動の一環として、現在、繁殖の研究が行われている。スグリは小学生の頃に一度、繁殖研究をしていた国立動物園でドラゴンを見たことがあった。まだ赤ちゃんのドラゴンは、中型犬くらいの大きさでたいそう可愛らしかった。  しかし、大人のドラゴンを見るのは初めてだ。  まるで憧れのアイドルを目の前にしたかのように、頬を真っ赤にして褒めたたえるスグリに、ドラゴンも満更でもない様子だ。  こほん、と軽く咳払いをして首を伸ばし、畳んだ翼をばさぁっと広げて見せてくれた。サービス精神旺盛である。 「ひゃああ、かっこいい、綺麗、素敵……!」 『意外とミーハーだなー……つーか、そんな危機意識の無いお前に忠告しとくわ。ドラゴンは危険な生物だからな』 「え? でも、ドラゴンは深い知性のある生き物だって……。それに、ここには害意のある者は入れないんでしょう?」  ポムグラニットには、伯母のザクロが張った結界があり、害意のある者は遮断してくれる。そう聞いていた。  しかし、ミントはふうーっとわざとらしく溜息をつく。 『そりゃ、ザクロより魔力が少ない奴だったらな。だが、どう見てもこいつはザクロより格上だ。結界も破れるし、魔力だって思い切り使える。ドラゴン(こいつ)がその気になりゃ、お前も店も一瞬で炎に焼かれてオシマイ、骨も跡も残らねぇだろうなぁ』 「……」 『ま、俺はある程度太刀打ちできる魔力あるから、何とか逃げられるけどな。先に言っとくぜスグリ、恨むならドラゴンを恨め』  ミントの冷静な指摘に、さーっと蒼ざめるスグリであったが、ドラゴンはふんと鼻を鳴らした。 「(われ)はそのような野蛮なことはせぬ。貴様のような小さき下賤の妖精と一緒にするではない」 『おーおー、言ってくれるじゃねぇか、引きこもりのじじぃがよ。由緒ある王族の血を引いた俺のどこが下賤だって?』 「引きこもりだと……? 丸焼きにしてやろうか、この猫風情が」 『あぁ?やんのかコラ、蜥蜴野郎が』  小さな黒猫と大きなドラゴンの間で火花が――例えではなく、本当に魔力の火花が飛び散った。飛び散る赤と緑の火花に、スグリは慌てて間に入る。 「ちょ、ちょっと待ってミント!お客様に失礼よ」 『あぁ、客だぁ? こいつのどこが――もがっ』  すっかり柄の悪いチンピラ口調のミントの口を手で押さえて、スグリはドラゴンを見上げる。 「貴方、さっき仰っていましたよね、“ポムグラニットはここか”って。それって、うちの店を訪ねてきてくれたんですよね?」 「……うむ、その通りだ」  場をとりなすスグリに、ドラゴンも落ち着きを取り戻したようだ。鷹揚に頷いたドラゴンは、口を開く。 「ザクロという魔女から聞いたのだ。ここに、花の蜜の味がする雲があると――」
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