第四話 ドラゴンと花蜜コットンキャンディー

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 玄関の扉に隠れながら、スグリは急いでミントを呼んだ。  ミントとキフルは無言で睨み合っていたようだ。『じゃ、呼ばれてるから行くわ』と、決して睨み合いを自分から止めたわけではないことを主張しながら、ミントは悠々とこちらに歩いてくる。  そんなミントを店内に引っ張り込んだ後、スグリは伯母との会話の内容を話してから訊ねた。 「ミント、作り方もちろん知ってるのよね? 大丈夫よね?」 『まあな。あの蜥蜴野郎が雲とか言ってたから、最初から検討ついてたけどよ。確かにあれは出来立てがうめぇな。つーかお前、まだ気づいてねぇのか?それでも菓子店のバイトかよ』  特に慌てることもなく、ミントは憎まれ口を叩く。軽やかにしっぽを揺らした黒猫は、キッチンから住居部分の廊下に出て物置にスグリを案内する。  物が詰め込まれた物置の中、ミントは中段の棚に上って、一抱えほどもある大きなダンボール箱を示した。 『確かこいつだ。まだ動く……はず』  埃をかぶった箱を引っ張り出し、埃を落として軽く拭いてからキッチンへと運ぶ。  箱を開くと、中には大きな銀色のタライが入っている。中央に穴が開いたタライの下には、タライよりは小さい、四角い箱型の機械があった。  その形は、昔、何だか見たことのある……浴衣を着ていて、あれは祭りの縁日の屋台で…… 「あっ! わかった、これ……」  ようやく“花の蜜の雲”の正体に気づいたスグリに、ミントは髭を震わせてにやりと笑った。 *****  庭で待ちぼうけしているキフルは、こっそりと溜息をついた。  別に失望したわけではない。  特に期待しているわけではない。  ただ、あの花がどんなものになったのか、はるか昔からあの山々一帯を守護する主として、確認しに来ただけだ。  できた物が無いのなら、それは別に構わない。ドラゴンが、魔女ごときの戯言に付き合うことなどないのだ。  対応した幼い人間の娘――魔女の血の香りはしたが、魔力をほとんど感じられない娘は、店内に籠って、まだ出てこない。  元より、こんな小さな店も小さな娘も焼く気もないし、そんな愚かな暴挙をしたところで己の格が下がるだけだ。  あの黒猫の姿をした生意気な妖精は気に食わないが、しょせん己より格下。相手にするまでもない。  ……帰るか。  キフルが立ち上がって羽を広げた時だった。 「――あのっ!」  店の扉が大きく開いて、娘が飛び出してきた。  まろみを帯びた頬を紅潮させ、目をきらきらと輝かせた、無邪気な笑顔を向けてくる。  緩やかな癖のついた黒髪のお下げも、焦げ茶色のごく普通の色の目も、あの風変わりな魔女と色も容貌も異なるのに。  なぜか、重なって見えた。 「お待たせしてすみません、キフルさん。伯母はいませんが、私が代わりにお菓子を作ります。どうぞ、中に入ってください!」  勢い込んでそう言う娘に、キフルは思わず店へと足を踏み出して――双方、顔を見合わせて気づく。この大きさでは、店に入れない。 「あ……」 「……しばし待て」  キフルは己に魔法をかけて、身体のサイズを小さくする。魔力を圧縮させて徐々に小さくしていき、大型犬くらいになったところで止めた。  これでどうかと横目で見やれば、娘は「すごい、キフルさんすごいです!」と感動して拍手している。相当ドラゴンが好きな娘なようだ。  ……まあ、気分は悪くない。  扉を押さえる娘の横を澄ました顔で通り、キフルは羽を折り畳んで店内に入った。  途端、甘い香りに包まれて、思わず身体が震えた。焼き菓子の香ばしい香りを凌駕する、甘い花の――  懐かしい、香り。  香りの方を見やれば、丸い小さなテーブルの上に、皿に乗った白い小さな綿雲がある。近づいて指を伸ばすと、少々不格好な雲は、奇妙なことに触れることができた。鋭い爪の先で、綿雲がふわふわと揺れる。  普通なら、己の羽と身体をすり抜けて雫を纏わせる雲が、軽やかながらも形を持っていることが不思議で、キフルはまじまじと見やった。 「どうぞ。“花の蜜の雲”です」  娘に促されて、雲を手に取る。何だかべたべたとするが、やはりこの雲から花の香りがした。  キフルは小さく口を開き、ほんの少しだけ齧ってみれば―― 「っ……!」  雲が、溶けた。  口に入れた瞬間に溶けたそれは、甘さと香りを一気に広げた。空を飛ぶときに、雲が口の中に入り込んだみたいだった。違うのは、無味無臭の味気ない雲と違って、花の蜜の味と香りが確かにあることだ。  もう一口と大きく齧っても、入れた瞬間にまた溶ける。広がる花の香りに、キフルは羽を震わせた。あっという間に一つ食べ終えれば、すでに次の綿雲が用意されている。 「まだまだ作りますから、たくさん食べて行ってくださいね」  娘から渡された歪な雲を手にしたキフルは、今度は遠慮なく雲を齧った。
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