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第五話 月と狐とカスタード
菓子店ポムグラニットの秋の夕べには、少々変わったお客様が訪れる。
「くーださーいなー」
小さな子供の声に、スグリはぱっと顔を上げた。
いつの間に入ってきたのだろうか。カウンターの前に五、六歳くらいの小さな男の子がいる。
茜色の毛糸の帽子を被り、煉瓦色のセーターとベージュのハーフパンツをまとう男の子は、どこか緊張した顔つきでこちらを見上げていた。
あ、この子、人間じゃない。
すぐにスグリは気づいた。
だって男の子の背後には、そわそわと揺れるススキの穂のような大きなしっぽがあったのだ。
まさしく“きつね”色のしっぽが出ていることに、化け狐の男の子はどうやら気づいていない。
しっぽが出ていることを教えたら、驚いて逃げてしまうかもしれないと、とりあえずスグリは男の子に尋ねた。
「いらっしゃいませ。何が欲しいのかな?」
「え、ええっと……『おまんじゅうがほしい』、ですっ」
覚えてきた台詞をなぞるように勢い込んで言う男の子に、スグリは何だか微笑ましい気持ちになってしまう。
「お饅頭は、今は洋風のカスタード入りのものしかないけれど、それでいいかな?」
「かす、たぁー……?」
「うん。卵と牛乳と砂糖で作る、甘くて柔らかいクリームだよ。それをね、ふわふわの蒸した生地で包んでいるの」
これだよ、とショーケースの中を示せば、男の子は小さな両手をガラスにくっつけて中を覗く。
まんまるの、ふっくらとした淡い玉子色の生地の洋風饅頭に、男の子は「うわぁ」と頬を紅潮させた。目は月のように黄金色になり、縦に長い黒の瞳孔がじわわと細くなる。
「お月様だぁ……」
「うん、そうだね」
確かに満月のようにも見えるそれを、男の子は指さした。
「これ、いっこ、くださいっ」
「はい、わかりました。百円で……」
言いかけて、そういえばこの化け狐の男の子は、お金を持っているのだろうかと不安になる。
しかし男の子は、首に下げていた小さな緑色のがま口から、硬貨を数枚取り出した。「ええと、百円は、ぴかぴかの銀色で、穴がないやつで……」と呟きながら、選んだ一枚を差し出してくる。
カウンター越しには届かなかったので、スグリは表側に回り、しゃがみ込んで受け取った。冷たい金属の感触は、確かにちゃんとした硬貨のようだ。ほっとして受け取ったスグリは、洋風饅頭をショーケースから取り出して小さな紙袋に入れた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうっ、ございます!」
「こちらこそ、ありがとうございます」
男の子は嬉しそうに、しっぽと腕をぶんぶん振って帰っていった。
その夜、可愛らしい狐のお客さんの事をミントに話すと、黒猫は鼻に皺を寄せたものだ。
『はあぁ? なんだそりゃ、本物の硬貨払ってったのかよ。それでも化け狐かぁ? ちゃんと葉っぱの金でだまくらかしゃいいものを』
などとミントは呆れたように言っていたが、正直な狐がいてもいいじゃないかとスグリは思った。
男の子が手を着いたショーケースには、小さな狐の足跡が二つ、ちょこんと付いていた。
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