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「ごめんください」
年若い少年の声に、スグリはぱっと顔を上げた。
いつの間に入ってきたのだろうか。カウンターの前に十三、四歳くらいの少年がいる。ベージュのセーターと苔色のチノパンをまとう少年は、どこか澄ました顔でこちらを見ていた。
あ、この子、人間じゃない。
すぐにスグリは気づいた。
だって少年の黒髪の上には、ぴくりと動く三角の耳が二つあったのだ。まさしく“きつね”色の耳が出ていることに、化け狐の少年はどうやら気づいていない。
耳が出ていることを教えたら、恥ずかしがって逃げてしまうかもしれないと、とりあえずスグリは少年に尋ねた。
「いらっしゃいませ。ご入り用のものは何ですか?」
「これを、四つ下さい」
ショーケースを、少年の細い指が差し示す。
先日、化け狐の男の子が買っていった、カスタード入りの洋風饅頭だ。少年は切れ長の涼しげな目を柔らかく細める。
「先日、弟がこれをここで買ったそうなんです。とても美味しかったと気に入っていたので、弟と家族の分をと思って」
「……かしこまりました。少々お待ちください」
なるほど、先日の男の子とこの少年は、どうやら化け狐の兄弟だったようである。饅頭を気に入った弟のために、兄が化けて買いに来たのだろうか。
仲の良い兄弟だなぁ、と微笑ましい気持ちになりながら、スグリはショーケースから洋風饅頭を取り出して、中くらいの紙袋に四つ入れる。
「これでお願いします」
少年は革の財布から、千円札をさらりと取り出した。お札を受け取ったスグリは、小銭と饅頭の入った紙袋を渡す。
「お釣り六百円です。はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
少年は切れ長の目をきゅっと吊り上げて笑い、三角の耳をぴくぴくと揺らして帰っていった。
その夜、お兄さん狐のお客さんのことをミントに話すと、黒猫は青緑色の目を訝し気に眇めた。
『……お前、ちゃんとその札、確認したか?』
「え?」
『なーんか怪しいんだよな、その兄ちゃん狐』
ミントの忠告に、スグリはまさかぁと笑いながら、念のためレジの中身を確認して――愕然とした。
千円札の一番上には、赤い紅葉の葉が乗っていたのだ。
「うそ……!」
『ははは、それでこそ化け狐だぜ。案外、最初に弟を使ってお前を油断させておいたのかもなぁ。いやー、その兄貴、化け狐の鑑だな。将来大物になりそうだぜ』
「そ、そんな……」
すっかり騙されたと、スグリはがくりと肩を落とした。
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