第五話 月と狐とカスタード

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  ***** 「ごめんください」  年若い少年の声に、スグリはぱっと顔を上げた。  いつの間に入ってきたのだろうか。カウンターの前に十三、四歳くらいの少年がいる。ベージュのセーターと苔色のチノパンをまとう少年は、どこか澄ました顔でこちらを見ていた。  あ、この子、人間じゃない。  すぐにスグリは気づいた。  だって少年の黒髪の上には、ぴくりと動く三角の耳が二つあったのだ。まさしく“きつね”色の耳が出ていることに、化け狐の少年はどうやら気づいていない。  耳が出ていることを教えたら、恥ずかしがって逃げてしまうかもしれないと、とりあえずスグリは少年に尋ねた。 「いらっしゃいませ。ご入り用のものは何ですか?」 「これを、四つ下さい」  ショーケースを、少年の細い指が差し示す。  先日、化け狐の男の子が買っていった、カスタード入りの洋風饅頭だ。少年は切れ長の涼しげな目を柔らかく細める。 「先日、弟がこれをここで買ったそうなんです。とても美味しかったと気に入っていたので、弟と家族の分をと思って」 「……かしこまりました。少々お待ちください」  なるほど、先日の男の子とこの少年は、どうやら化け狐の兄弟だったようである。饅頭を気に入った弟のために、兄が化けて買いに来たのだろうか。  仲の良い兄弟だなぁ、と微笑ましい気持ちになりながら、スグリはショーケースから洋風饅頭を取り出して、中くらいの紙袋に四つ入れる。 「これでお願いします」  少年は革の財布から、千円札をさらりと取り出した。お札を受け取ったスグリは、小銭と饅頭の入った紙袋を渡す。 「お釣り六百円です。はい、どうぞ」 「ありがとうございます」  少年は切れ長の目をきゅっと吊り上げて笑い、三角の耳をぴくぴくと揺らして帰っていった。  その夜、お兄さん狐のお客さんのことをミントに話すと、黒猫は青緑色の目を訝し気に眇めた。 『……お前、ちゃんとその札、確認したか?』 「え?」 『なーんか怪しいんだよな、その兄ちゃん狐』  ミントの忠告に、スグリはまさかぁと笑いながら、念のためレジの中身を確認して――愕然とした。  千円札の一番上には、赤い紅葉の葉が乗っていたのだ。 「うそ……!」 『ははは、それでこそ化け狐だぜ。案外、最初に弟を使ってお前を油断させておいたのかもなぁ。いやー、その兄貴、化け狐の鑑だな。将来大物になりそうだぜ』 「そ、そんな……」  すっかり騙されたと、スグリはがくりと肩を落とした。
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