第七話 ブラッディ・ゼリーは誰の味?

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 前方に、男性が一人佇んでいる。  高い背に、赤い夕陽に照らされて輝く金髪――。  昨日の、吸血鬼の青年だ。  まさかこんなに堂々と現れるなんて、とスグリは動揺する。自転車を漕ぐ足の力が緩んだ。  次第に自転車のスピードが落ちていく。  青年は通せんぼをするように道の真ん中に立っているので、避けて横を通り抜けることもできず、スグリは自転車を止めるしかない。全速力で通り抜けたところで、彼にはすぐ追いつかれるのだろうと予想もついた。  大人しく自転車を降りたスグリに、青年は昨日の騒動など何もなかったように声を掛けてくる。 「やあ、また会ったね」 「……何か用ですか?」 「あれ、昨日のこと覚えてない? 君の血が飲みたいって言ったじゃない」 「断ったはずです!」 「そうだったっけ?」  空惚けて、青年はスグリの方へと一歩近づく。スグリは自転車のハンドルをぎゅっと握りしめて後退った。 「こ、こっちに来ないで下さいっ」 「そう言われると、行きたくなるよねぇ」  言うなり、青年の姿が掻き消え、気づいたときにはスグリの目の前にいた。  驚いてハンドルを離してしまい、自転車が倒れそうになるのを青年は片手で軽々と支える。 「おっと、危ない」  言いながら、まるで空き缶を投げるように、ぽいっと自転車を道の端へと投げた。  ガシャン、と自転車は大きな音を立ててアスファルトの道路を滑る。思わず自転車を目で追うスグリの喉に、冷たい指が触れた。 「自分の心配より、自転車の心配?」  くすりと笑う青年の冷たい吐息が、頬を撫でる。  身体中に鳥肌が立ち、スグリは青年の肩を反射的に押す。だが、青年の身体はびくともせずに、逆に反動でスグリが後ろに転ぶ羽目になった。 「痛っ……!」  咄嗟に地面に付いた手に痛みが走る。  アスファルトで擦れたのか、尖った小石でもあったのか。  傷ついた掌からは、赤い血が滲み出て流れる。それを見た途端、青年の褐色の目がじわじわと赤い色に染まっていった。 「……ごめんね、スグリちゃん。赤橙の血を流すなんて、勿体ない事をしてしまったよ」  青年はスグリに向かって手を伸ばしてくる。  腕を掴まれそうになったその時、急に真上から冷たい風が吹いてきたかと思えば―― 「っ!」  青年が目を瞠り、スグリから勢いよく飛び退る。  同時に、スグリの目の前に大きな壁ができていた。  スグリと青年の間にそびえ立ち、冷気を放つそれは、氷の壁だ。  青く透き通るその氷には、見覚えがあった。  これは――  彼が作ってくれた、あの氷の花と同じだ。  呆然とするスグリと青年の真上から、声が降ってくる。 「――スグリから離れろ!!」  鋭い声に顔を上げると、黒いローブを纏った栗色の髪の青年――青樹夏馬(せいじゅ なつめ)が、箒の上からこちらを見下ろしていた。
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