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「ナツメ君……?」
どうしてナツメがここにいるのか。
呆気にとられるスグリの前に、ナツメは落下するような速度で降りてくる。
風で乱れた栗色の髪の下の顔には、いつもの意地悪な笑みは無い。ナツメは青い目でスグリをまっすぐに見つめて、手を差し出してきた。
「スグリ! 乗れ!」
スグリは躊躇うことなく、ナツメの手を握る。強い力で引っ張られ、ナツメの後ろに座った途端、箒がぐんっと上向いた。
スグリは咄嗟に、ナツメの腹に腕を回して落ちないようにする。ナツメもまた「しっかり掴まってろ」と告げ、あっという間に十メートル以上の高さまで上昇した。
はるか下の道路には、大きな氷の塊と、その前に佇む金茶色の髪の青年、そして端に捨てられた自転車がある。
久しぶりに味わう浮遊感に、スグリは眩暈を覚えつつも、自分の自転車を指さした。
「自転車が……」
「馬鹿! そんなこと言ってる場合か!」
ナツメはスグリを叱り、前傾姿勢になった。スグリが慌ててナツメにしがみつき直すのと同時に、箒は急発進し、耳元で風を切る音がする。
箒に乗って空を飛ぶなんて、何年ぶりだろうか。足の下に地面が無く、魔力に包まれて浮いている感覚が慣れない。
くらくらとしながら、スグリはナツメに尋ねる。
「なっ、ナツメ君、どこに……」
「お前の家だ。あそこならザクロさんの結界があるし、ミントさんも――っ!?」
言いかけたナツメの言葉が途切れたかと思えば、次の瞬間、ナツメとスグリは黒い塊に飲み込まれていた。
それは蝙蝠の集団だった。
どこから現れたのか、キィーと高音の鳴き声と羽ばたきの音が周囲を包む。
蝙蝠は顔の周りを飛び、髪の毛や制服をつつき、箒の穂先を掴んで引っ張り回した。明らかに普通の蝙蝠ではなく、スグリ達を狙って攻撃している。
箒のコントロールも視界も奪われ、バランスが崩れる。落ちそうになって、スグリは必死にナツメにしがみついた。
「このっ!」
ナツメは蝙蝠の集団から逃れるため、箒の柄を強く握って向きを変え、蝙蝠が比較的少ない場所を通り抜ける。
ようやく抜け出た時、そこには金髪の青年が宙に浮かんで立っていた。
赤い唇が笑みの形を作っている。――待ち伏せされていたのだ。
気づいたときには遅く、青年が長い腕を振るう。長い爪の生えた手が、ナツメの頭を直撃した。赤い血の玉が宙を舞う。
「ぐっ……!」
「ナツメ君!」
ナツメの身体が揺らぎ、箒から手が離れた。
完全にバランスを崩して、スグリとナツメは地面へと向かって落ちる。
ナツメは気絶しているのか、何の反応も無かった。スグリはナツメの身体が離れぬようにと掴んだが、魔力の無い自分には、これ以上何もできない。
地面が、近づいてくる。
どうしよう、このままじゃ――。
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