第七話 ブラッディ・ゼリーは誰の味?

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 ナツメだけでも助けなくてはと、スグリは彼の頭を守るようにぎゅっと抱きしめた。  そうして、地面に衝突するまで、後数メートルというとき――  強い風が吹いて渦を巻き、二人の身体を包んだ。風は柔らかな空気のクッションとなってスグリとナツメを地面に優しく降ろす。  風には、緑色と金色の光る粒子が混ざっている。見覚えのあるそれに、スグリは自分の首に掛けていたペンダントをはっと見下ろした。  ミントからもらったお守り。  ドラゴンの鱗にただ紐をつけたのではなく、守護の魔法もかかっていたのだ。スグリの危機を察して発動したのだろう。 「ミント……」  ひとまず、地面へ激突するのは避けられた。  ほっとしたのも束の間、ぱちぱちと拍手の音が聞こえてきて、スグリは顔を上げる。  吸血鬼の青年が、ゆったりと余裕の表情で手を叩いていた。 「今のは風の魔法かい? どちらが使ったのかな?」  どこか楽しそうに、スグリとナツメを見下ろす。 「その坊やは『青樹』だよね? 水系の魔法が得意なのは『青樹』だし、目が青かったし。あんな大きな氷を瞬時に出せるなら、本家に近い血筋かなぁ。だとしたら風は君が使った……わけはないか。だって君は、魔法が使えないんだものね」 「っ……」  無邪気に小首を傾げる青年を、スグリは睨み上げた。 「あなた、一体何をしたいの? ナツメ君を傷つけてまで……!」 「最初から言っているじゃないか、君の血を飲んでみたいって。その子は僕の邪魔をしたから、少しお仕置きしただけだよ。……ああ、でも『青樹』の血も味見してみたいな。ついでにその子の血も貰おうか」  そう言って、青年が近づいてくる。  スグリはナツメを庇うように前に出た。胸元のお守りを強く握り締める。  温かな乳白色の鱗が、ちりっと熱を帯びた。ふと、スグリの頭の中に力強い声が響いてくる。 『――我を呼べ』  金環日食のような瞳。  波打つように深紅に光る鱗。 『小さき魔女の娘よ。我の名は――』 「キフィリエシア・グリムガル・シュバルツェスマーケン……」  その名が頭の中に浮かんだ途端、胸の奥が燃えているかのように急に熱くなった。  何かが自分の身体から溢れてくる。胸に灯った熱が膨れあがり、赤い魔力の光となったそれは、炎のように自分の身体を守り、包み込む。 「っ……!」 「……君は、一体……」  青年が赤い目を瞠る様子が、赤い炎の向こうに見えた。  直後に空が翳って、強い風が巻き起こる。上空から吹き降りる熱風に咄嗟に目を閉じたスグリが、次に目を開けた時――  赤い鱗をまとい、鋭く大きな爪を供えた前脚が、吸血鬼の青年を地面へと押さえつけていた。  脚の上には身体があり、翼があり、蜥蜴のような顔があって。  二本の角と、鋭い牙があって。じりじりと燃える黄金色の目が、スグリを見下ろしていた。 『……大事ないか、娘』  低い声を頭に響かせる彼は、(いにしえ)のレッドドラゴン。  キフルであった。
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