第七話 ブラッディ・ゼリーは誰の味?

9/12

14人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
 十分後、スグリ達は菓子店ポムグラニットの前庭にいた。 「いやあ、参った。まさかドラゴンと契約していたなんてねぇ」  キフルの前脚に掴まれたままの吸血鬼の青年――名をジーンと言った――は、どこか他人事のように、のんびりと笑っている。  キフルは目を眇めて前脚に力を籠め、ジーンは「痛い痛い」と喚く。  その様子を戸惑いつつ見上げるのはナツメだ。 「……スグリ、どういうことなんだ、これは」  ――キフルが現れてすぐ、ナツメは目を覚ました。しかし、目の前に巨大なドラゴンがいることに気づくと、くらりと倒れかける。 『ちょっと待て……まさか、古の赤の賢者……? 欧州の伝説の千年竜がどうしてこんなところに……』  頭を押さえるナツメだったが、ふとその手を離して顔を顰めた。  ナツメのこめかみの辺りからは血が流れている。スグリは急いでハンカチを押し当てて、彼の顔を覗き込んだ。 『ナツメ君、大丈夫!? 怪我は? 気持ち悪くない? 吐き気は? ていうか早く病院に……!』 『ちょっ、おい、近っ……だっ、大丈夫だから落ち着け!』  ナツメはスグリの視線を遮るように手を上げて、顔を背けた。その頬は赤くなっている。やはりどこか具合が悪いのではないかと、スグリはナツメの様子をよく見ようとするが、『大丈夫だから』と再度頑なに言われた。 『そ、それよりも……』  いきなり田舎町の農道に現れた大きなドラゴン。このままでは騒ぎが起きるとナツメに言われ、スグリ達は急いでポムグラニットに向かった。  その際、キフルが『背に乗れ』とスグリとナツメを乗せてくれたのだが―― 「まさかドラゴンの背に乗る日が来るとは思わなかった……」  どこかぐったりとした様子でナツメはスグリを見てくる。 「スグリ。一体いつ、ドラゴンと契約したんだ?」 「え? ううん、契約なんてしていないよ」 『まあ、本人に自覚はねぇわけだ』  呆れたように見上げてくるのはミントだ。  先ほど、キフルの背に乗って到着したとき『本当にきやがった…』と少し驚きを見せつつも、すぐに状況を把握したようで、皆を迎え入れた。  ミントは鼻先を上げて、スグリの胸元を示す。 『スグリ、お前、鱗もらっただろ。あんときに契約してたんだよ』 「……そうだったの?」 「ちょっと待ってください、ミントさん。鱗って……」 『竜の虹鱗(こうりん)だよ。数百年に一枚しか生まれない、そんな貴重なアイテムを気安くホイホイ配りやがって、あの甘党蜥蜴』  けっ、と悪態を吐くミントに、はるか頭上から重い声が響いてくる。 『聞こえているぞ、猫もどきが。我の物を誰に与えようが、貴様には関係のないことであろう。それに、勝手に我の鱗に奇妙なまじないを掛けおって……』 『そのおかげで、すぐ来れただろうがよ。ま、風と火自体は相性がいいからな。別に悪い守りじゃねぇだろうが』 『……』  キフルは不満そうに鼻息を吐いたが、それ以上文句は言わなかった。  ミントが説明してくれたところ、鱗に結び付けたのは風の魔力で編んだ糸であり、守護以外にも、風の力が得意とする『伝達』や『移動』の力が増すと言う。  スグリの危機をいち早く感じ取ったキフルは、普通なら大掛かりで時間のかかる転移の魔法を、ミントの魔力を借りて、すぐに行うことができたそうだ。  そう、風と炎を操る二匹の魔力は、決して相性は悪くない(本人同士の相性は最悪でも)。むしろ、互いの魔力が合わされば、相乗効果で増幅される。  お守りの強さ、というか貴重さを実感して、スグリは狼狽えた。 「これ、私が持っていて大丈夫なの…?」 『何言ってんだ。どうせお前以外には使えねぇ』 『そうだ。それは其方に与えたものだ。他の者に決して渡すでない』  ミントとキフル双方に強く言われて、スグリは「あ、ありがとうございます」とお礼を言いつつ、お守りを丁寧に胸元にしまった。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加