第七話 ブラッディ・ゼリーは誰の味?

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『まあ、気持ちはわからんでもないがな……ほら、終わったぞ。怪我は治した。頭ん中も異常はねぇようだが、気になれば病院に行け』 「ありがとうございます、ミントさん。……その、いいんですか? ドラゴンとあんなに気安く……」 『心配するな。ありゃあ、孫に激甘な爺さんと同じだ』  甘党だけにな、とミントが言うと、キフルがじろりとそちらを睨む。 『聞こえておるぞ、猫風情が』 『おおっと、耳が遠いと思ってつい口が滑っちまったぜ』 『誰の耳が遠いだと? 貴様こそ自制が足りぬのではないか? これだから未熟なひよっこは』 『誰がひよこだ。お前こそ、猫と鳥の区別もつかないなんて耄碌(もうろく)が過ぎてんじゃねぇのか?』 『貴様、言わせておけば!』 『あぁ? やるかコラ!』  今度はミントとキフルが睨み合い、舌戦を開始する。  バチバチと飛ぶ赤と緑の火花。どこか遠い目をするナツメに、スグリは「大丈夫?」と声を掛ける。 「ああ。ミントさんが治療してくれたから」  ナツメは傷のあった部分を隠すように前髪を整えた。眉を顰める彼の横顔を見ながら、スグリはぽつりと謝る。 「ごめんなさい……危険なことに巻き込んで、怪我させてしまって」 「……なんで君が謝るの? 怪我をしたのは僕の落ち度だ」 「でも……」 「そもそも、僕は何もできなかったしね。役立たずもいいところだよ。ミントさんのお守りが無かったら、そしてキフルさんが来てくれなかったら、今頃は……」  苛々と言葉を紡ぐナツメは、しかしそこで大きく溜息をついた。せっかく整えた前髪を、くしゃりと掻き上げる。 「……ああ、もう!」 「ひゃぁっ!?」  突然大声を上げるナツメに、スグリはびくりと肩を揺らす。 「な、ナツメ君?」 「君に謝られたら、僕の立つ瀬がないじゃないか! 少しは格好をつけさせてよ!」 「は、はいっ」 「僕が、君を助けたかったから、助けた! それでいいだろ! 君に謝ってほしいわけじゃ……な、い……」  そこでナツメは我に返ったようで、白い頬にさっと朱を走らせた。 「……」 「……」  互いに無言になり、店内に沈黙が落ちる。  やけに静かになったと思ったら、いつの間にかミントとキフルは舌戦を中止して、こちらを興味津々に見ていた。  ミントはにやにやと口元を歪めて言う。 『……なあスグリ、お前疑問に思わないか? なんでナツメがあんなタイミングよく助けに来れたのか』 「え?」 「ミントさん!」 『いやなぁ、一応お前の帰りが心配だったから、ナツメに連絡しといたんだよ。スグリが吸血野郎に狙われているってな。そうしたら文字通り、すっ飛んで助けに来たんだぜ?』  しし、とひげを揺らして笑うミントと、羞恥に顔を赤くするナツメを、スグリは交互に見る。 「そうなの? ナツメ君」 「……」  ナツメは無言のままだったが、彼の耳は真っ赤になっていた。  そういえば幼い頃、肌の白い彼は、怒ったり恥ずかしがったりして感情を昂らせるときに、顔と耳を真っ赤にしていたものだ。  もっとも、この店で再会してからは、大人びた態度で意地悪を言う彼は、そんな様子など欠片も見せなかった。  目の前のナツメと、過去のナツメが結び付き、ふいに懐かしさを覚える。  ……ああ、そうだ。  魔法が使えないスグリを箒の後ろに乗せて空を飛んでくれたのは、彼だけだった。  親戚の子供達にいじめられて落ち込むスグリを慰めるために、氷の花を作ってみせてくれたのも彼だった。  魔法の練習にも勉強にも、最後まで辛抱強く付き合ってくれたのは、彼だった。  意地悪だったけれど。  苦手だったけれど。  スグリは、ナツメが嫌いなわけじゃなかった。  だって、ずっと憧れていた。  彼のようになりたいと――彼の隣に並んで、一緒に空を飛びたいと。  ずっと願っていた。  だから、魔法学校に入学できなかったことを冷たく詰られたとき、ひどくショックを受けたのだ。  彼に見放されたのだと思って、とても悲しかったのだ――  不意に昔のことを思い出したスグリは、じわじわと自分の頬が熱くなっていくのがわかった。  ナツメがわざわざ、街から箒で飛ばしてまで自分を助けに来てくれた。そのことが、単純に嬉しかった。  スグリはぱっとナツメの方を向いて、頭を下げる。 「ナツメ君、その、助けに来てくれてありがとう」 「……」  スグリの礼に、ナツメは青い目を瞬かせ、ふいと顔を逸らせながらも「どういたしまして」と小さく答えた。彼の耳はまだ赤いままだった。
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