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『まあ、気持ちはわからんでもないがな……ほら、終わったぞ。怪我は治した。頭ん中も異常はねぇようだが、気になれば病院に行け』
「ありがとうございます、ミントさん。……その、いいんですか? ドラゴンとあんなに気安く……」
『心配するな。ありゃあ、孫に激甘な爺さんと同じだ』
甘党だけにな、とミントが言うと、キフルがじろりとそちらを睨む。
『聞こえておるぞ、猫風情が』
『おおっと、耳が遠いと思ってつい口が滑っちまったぜ』
『誰の耳が遠いだと? 貴様こそ自制が足りぬのではないか? これだから未熟なひよっこは』
『誰がひよこだ。お前こそ、猫と鳥の区別もつかないなんて耄碌が過ぎてんじゃねぇのか?』
『貴様、言わせておけば!』
『あぁ? やるかコラ!』
今度はミントとキフルが睨み合い、舌戦を開始する。
バチバチと飛ぶ赤と緑の火花。どこか遠い目をするナツメに、スグリは「大丈夫?」と声を掛ける。
「ああ。ミントさんが治療してくれたから」
ナツメは傷のあった部分を隠すように前髪を整えた。眉を顰める彼の横顔を見ながら、スグリはぽつりと謝る。
「ごめんなさい……危険なことに巻き込んで、怪我させてしまって」
「……なんで君が謝るの? 怪我をしたのは僕の落ち度だ」
「でも……」
「そもそも、僕は何もできなかったしね。役立たずもいいところだよ。ミントさんのお守りが無かったら、そしてキフルさんが来てくれなかったら、今頃は……」
苛々と言葉を紡ぐナツメは、しかしそこで大きく溜息をついた。せっかく整えた前髪を、くしゃりと掻き上げる。
「……ああ、もう!」
「ひゃぁっ!?」
突然大声を上げるナツメに、スグリはびくりと肩を揺らす。
「な、ナツメ君?」
「君に謝られたら、僕の立つ瀬がないじゃないか! 少しは格好をつけさせてよ!」
「は、はいっ」
「僕が、君を助けたかったから、助けた! それでいいだろ! 君に謝ってほしいわけじゃ……な、い……」
そこでナツメは我に返ったようで、白い頬にさっと朱を走らせた。
「……」
「……」
互いに無言になり、店内に沈黙が落ちる。
やけに静かになったと思ったら、いつの間にかミントとキフルは舌戦を中止して、こちらを興味津々に見ていた。
ミントはにやにやと口元を歪めて言う。
『……なあスグリ、お前疑問に思わないか? なんでナツメがあんなタイミングよく助けに来れたのか』
「え?」
「ミントさん!」
『いやなぁ、一応お前の帰りが心配だったから、ナツメに連絡しといたんだよ。スグリが吸血野郎に狙われているってな。そうしたら文字通り、すっ飛んで助けに来たんだぜ?』
しし、とひげを揺らして笑うミントと、羞恥に顔を赤くするナツメを、スグリは交互に見る。
「そうなの? ナツメ君」
「……」
ナツメは無言のままだったが、彼の耳は真っ赤になっていた。
そういえば幼い頃、肌の白い彼は、怒ったり恥ずかしがったりして感情を昂らせるときに、顔と耳を真っ赤にしていたものだ。
もっとも、この店で再会してからは、大人びた態度で意地悪を言う彼は、そんな様子など欠片も見せなかった。
目の前のナツメと、過去のナツメが結び付き、ふいに懐かしさを覚える。
……ああ、そうだ。
魔法が使えないスグリを箒の後ろに乗せて空を飛んでくれたのは、彼だけだった。
親戚の子供達にいじめられて落ち込むスグリを慰めるために、氷の花を作ってみせてくれたのも彼だった。
魔法の練習にも勉強にも、最後まで辛抱強く付き合ってくれたのは、彼だった。
意地悪だったけれど。
苦手だったけれど。
スグリは、ナツメが嫌いなわけじゃなかった。
だって、ずっと憧れていた。
彼のようになりたいと――彼の隣に並んで、一緒に空を飛びたいと。
ずっと願っていた。
だから、魔法学校に入学できなかったことを冷たく詰られたとき、ひどくショックを受けたのだ。
彼に見放されたのだと思って、とても悲しかったのだ――
不意に昔のことを思い出したスグリは、じわじわと自分の頬が熱くなっていくのがわかった。
ナツメがわざわざ、街から箒で飛ばしてまで自分を助けに来てくれた。そのことが、単純に嬉しかった。
スグリはぱっとナツメの方を向いて、頭を下げる。
「ナツメ君、その、助けに来てくれてありがとう」
「……」
スグリの礼に、ナツメは青い目を瞬かせ、ふいと顔を逸らせながらも「どういたしまして」と小さく答えた。彼の耳はまだ赤いままだった。
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