第七話 ブラッディ・ゼリーは誰の味?

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***  その夜、赤橙ざくろに声を掛けるものがいた。  打ち合わせの帰り、高層ビルの間を箒で飛ぶ彼女に声を掛けたのは、ビルの屋上に佇む青年だ。  強い夜風にあおられる金髪に、赤く光る目。  ジーンだ。  ザクロはまったく動じた様子はなく、箒の向きを変えて宙に停止する。 「あら、誰かと思えばストーカーじゃないの」 「おや、ひどいな。君のファンってだけなのに」 「一介のファンはこんな空の上まで追いかけてこないわよ。我が家に勝手に入り込んだりもね。倫悟郎(りんごろう)君ってば、次にあなたが来たとき用にって対吸血鬼用の捕縛網まで買ったんだから」 「おっと、それは怖いな」  ジーンはおどけて肩を竦めてみせる。 「だったら、彼がいないときに遊びに行かせてもらうよ」 「お断りよ」  ザクロが緑の目をすっと細め、ジーンを見やる。 「私、一途じゃない浮気性のストーカーはもっと嫌いなの。……よくもうちの姪っ子に手を出してくれたわね」 「情報が早いね。さしずめ、あの元使い魔の猫からかい?」 「そうよ。覚悟はよくて?」  言葉と同時にザクロの手の中に赤い球体が生まれた。濃縮された魔力の塊だ。ジーンは降参というように両手を挙げてみせる。 「君に攻撃されたら、さすがに僕も無傷ではいられない。……君の姪には、もう手は出さないと誓おう」 「信じると思う?」 「一応目的は果たしたからね。……ねえ、君や猫妖精が、大事に大事にしているスグリちゃんはさ――」  ジーンは誰もが見惚れる美しい笑みを浮かべながら、赤い目だけは笑わずにまっすぐザクロを見つめた。 「本当に、魔力が無いの?」 「……」  ザクロがわずかに目を瞠って赤い唇を引き結ぶのを、ジーンは見逃さない。 「あの子の血からは、ちゃんと魔力の味がしたよ。しかも、相当濃いものだ。魔力は無いって聞いていたのに、奇妙なこともあるものだね。もしかして、あれが噂に聞く、六番目の幻の――」 「あなたには、関係のない事よ。スグリに『魔法』は使えない」  きっぱりと言ったザクロに、ジーンは「ふぅん?」と小首を傾げる。 「まあ、そういう事にしておくよ」  目を細めて笑ったジーンは、ひときわ強い風が吹いたと同時に黒い霧状になり、さあっと夜の虚空へと消えていった。  ザクロはじっとそれを見つめた後、小さな溜息を吐く。  複雑な感情の混ざった息もまた、夜の空気へと溶け込んで静かに消えていったのだった。
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