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第八話 ラング・ド・シャの紅葉流し
「ごめんください」
「くーださーいなー」
少年の声と、幼い男の子の声が店内に響く。
聞き覚えのあるそれに、スグリはぱっと顔を上げた。
店に入ってきたのは、すまし顔の細い目の少年と、緊張した表情の小さな男の子だ。お揃いの色違いのセーターとズボンを纏う彼らには、以前にも会ったことがある。
そう、あのカスタードの洋風饅頭を買いに来た化け狐の兄弟だ。
少年の頭には今日は三角の耳は無いが、男の子の方はばっちり、耳としっぽが出ている。淡い狐色のそれらを、ぴこぴこと落ち着かなげに動かしていた。
手を繋いで買い物に来た仲良し狐兄弟……なんて油断してはいけない。先日、スグリは兄の狐の方にまんまと騙されてしまったのだ(もっとも、後日、彼らの母親が訪ねてきて謝罪されたが)。
「い……いらっしゃいませ」
スグリの強張った表情に、少年が苦笑を見せる。
「そんなに警戒しないで下さい。今日は母の使いで来ました」
そう言って、カウンターの前まで来ると、ススキ模様の黒い巾着を見せた。彼らの母親、ミントが『薄野の奥方』と呼んでいた妙齢の女性が持っていたものだ。
少年は巾着の中から予約表と書かれた紙を取り出す。
「『ススキノ』で予約をしています」
「あっ……少々お待ちください」
一言断って、スグリはカウンターの奥のキッチンに戻る。昨晩、魔方陣で大量に菓子が届いていた。箱に『ススキノ様』と名前があったのを思い出したのだ。
箱に貼られた予約表には代金支払い済みと書かれており、スグリは自分の勘違いを恥ずかしく思いながらも、箱を抱えて戻った。
予約表の貼られた箱を少年へ差し出し、蓋を開けて中を確認してもらう。
「お待たせしてすみません。こちらでお間違いないでしょうか」
「はい」
「では、サインをお願いします」
ボールペンを渡すと、少年はさらさらと綺麗な字で名前を書く。
――『薄野 晦』。
苗字の薄野は『ススキノ』だが、『晦』は何と読むのだろう、と思っていると、少年はまるでこちらの心の声を読み取ったかのように言う。
「ミソカ、です。月の無い闇夜、つごもりに生まれたから、そう名を付けたそうですよ」
少年――ミソカは、ガラスケースの中をきらきらとした目で見ている男の子を「おいで」と招く。
「そういえば、まだ名前を言っていませんでしたね。僕はミソカ。こっちは弟のノゾミ。僕とは反対の、月の満ちた望月の夜に生まれました」
「の、のぞみ、です……」
ノゾミは名乗った後、恥ずかしそうにミソカの脚に隠れて、ぎゅっと顔を押し付ける。
「ええと、私はスグリ。黒野スグリです」
スグリも二人に名乗ると、「すぐりちゃん?」とノゾミが小さな声で言って、顔を出して見上げてくる。とても可愛い。
「うん。ノゾミくん、よろしくね」
「っ……」
ノゾミは顔を赤くしてミソカの後ろに隠れてしまった。三角の耳としっぽがそわそわと動いている。
可愛いなあ、とスグリが和んでいると、横から呆れた声がする。
『ったく。懲りねぇなあ、お前は』
いつの間に出てきたのか、カウンターの上に寝そべったミントが横目でこちらを見ていた。
『前回それでまんまと騙されたくせによ』
「きょ、今日は大丈夫よ! ちゃんと予約表もあったし……」
『そいつが『ススキノ』って確証もないのにか?』
「えっ! 違うの?」
狼狽えるスグリに、にやにやと笑うミント。
やり取りを見ていたミソカは、「ミントさん、からかうのはよくないですよ」と苦笑する。
「安心して下さい。本物です。……とはいえ、先日は騙してしまいすみませんでした。弟が人間に化けられるようになったので、少し遊んでみたくなって。こちらなら、さほど害はないだろうと思って、つい」
「あ、いえ、こちらこそ騙されてしまって、すみませ……あれ?」
ついつられて謝ってしまいそうになったスグリに、ミソカは細い目を丸くした後、小さく吹き出した。
口元を押さえて笑いを堪えてはいるが、肩がふるふると震えている。足元のノゾミは、きょとんと不思議そうな顔で兄を見上げていた。
『お前なぁ……』
ますます呆れたように目を細めるミントに、スグリは顔を赤くした。
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