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気づけば、スグリは山の中腹にいた。
周囲を見回すと、紅葉や楓といった落葉樹が辺り一面に生えている。少し色づき始めているようだが、紅葉にはまだ遠い。
辺りを見回していると、とん、と肩に重みがかかった。ミントだ。
肩に乗った彼は、足元をしっぽで示した。積まれているのは、菓子の入った白い大きな箱である。
『ぼーっとしてないで、それ運ぶぞ』
「あ、うん」
お菓子の箱は全部で八箱ある。気づけば傍らにはミソカが立っていて、さっと五箱を抱えた。スグリも残りの三箱を抱えようとしたが、そこに小さな二つの手が伸びてくる。どうやらノゾミも箱を運びたいようだ。
ノゾミの視線を受け、スグリは一箱彼に差し出した。
「ノゾミ君、これ持ってくれる?」
「う、うんっ」
頬を赤くしながらノゾミは大きな箱を受け取り、兄を真似てしっかりと抱える。そこまで重くは無いが、大きな箱だ。転ばないかと心配したが、さすが山に生きる狐。時折箱を抱え直しながらも、足取りはしっかりとしている。
スグリも箱を抱え、転ばないようにしながら狐兄弟の後を追った。
やがて尾根に辿り着き、ヒソカが足を止める。
「この辺りでいいでしょう」
少し開けたその場所からは、山の中腹から裾野に向かって広がる、落葉樹の広大な林が見下ろせた。緑色の木々の中、三割ほどが黄色や茶色、赤色に紅葉している。
眺めの良いその場所で、ミソカは箱を降ろして中身を出す。
それは、紅葉の形をした、薄い緑色のクッキー。マダム・ザクロの期間限定『紅葉ラング・ド・シャ』だ。
薄いさくさくとした生地の間には、ホワイトチョコクリームが挟んである。袋から取り出せば、生地の部分が緑色から黄色、そして赤色へと変化する様子を楽しめる魔法菓子だ。
普通なら一個ずつ個包装されているが、今回は特注で、箱の中の大袋にまとめて入っていた。
ミソカは袋を次々と開けていく。スグリとノゾミも、彼に倣って袋を開けた。甘い匂いが広がる中、緑色のクッキーが徐々に黄色へと変わっていく。
ざああ、と尾根から裾野に向かって風が吹き、葉が揺れた。
これがすべて紅葉していたら、美しいことだろう。木々を見下ろしながら、風に流れて舞う紅葉を想像していたスグリだったが、その視界に何かが過ぎった。
「……?」
小さい影。子供だろうか。
ワンピース……ではない。古い着物を着ている。裾がぼろぼろになった着物から覗く手足は細く、剥き出しの足は土で汚れていた。ぼさぼさのおかっぱ頭や頭の上で一つに括った髪型は、時代劇で見るようなものだ。
目を凝らすと、子供は何人もいた。木々の間をうろうろとさ迷ったり、木陰に座り込んだりする彼らは皆、一様に心細げな顔をしていた。もしかして迷子……いや、たぶん違う。
「あれは……」
「ああ、見えるんですね」
ミソカはラング・ド・シャの色の変化を確認しつつ答える。
「人間の子供の霊ですよ。この時期になると現れて、お腹が空いたと言って、延々と泣くんです」
小さな子供達は皆揃って、やせ細っていた。
擦り切れた着物に、こけた頬。痛ましい姿をした彼らの、やがて一人が泣き出すと、つられて次々と子供達は泣き始める。
――おっとう、どこにいったんだよう。
――おっかあ、おいていかないでくれよ。
――おなかすいたよう。
――ひもじいよう。
――ひもじいよう、おっとう、おっかあ……
わあん、わあん、と泣く声が、山々の間で木霊する。
大きな泣き叫ぶ声ではない。風で揺れる葉擦れの音に紛れる程の小さな声だ。
なのに、風に紛れる声の幼さと悲痛な響きは、聞かぬふりをすることができないくらい、痛々しくて、悲しいものだった。
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