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ノゾミが不安そうに耳を動かして、兄の脚にぎゅっと抱き着いた。その頭を撫でながら、ミソカは言葉を続ける。
「はるか昔から、この山には幾人もの子供が捨てられてきたんです。戦や飢饉、流行病……何かしらの災害が起こる度にね。『口減らし』と言うんでしたっけ。父が若い頃まで行われていたそうですよ」
「……」
「生まれた時はあれだけ喜んで可愛がっていたのに、生活が苦しくなると数年で山に捨てる。捨てられた子供達は、赤く色づいた葉っぱをおいしそうだと思ったのか、夢中で食べていたそうです。哀れなことだと、父が言っていました」
ミソカはどこか冷めた目で、色が黄色から少しずつ赤へと変わるラング・ド・シャを見やる。
「捨てるくらいなら、最初から生まなければいいのに。この葉っぱみたいに、人間も変わりやすいものですね。……不思議で、面倒で、自分勝手な生き物だ」
横目で見てくるミソカの冷淡な言葉に、スグリは何も言えなかった。
食料に溢れ、不安の無い現代の生活を送ってきたスグリには、口減らしが行われるほど困窮した昔の生活は想像できない。
当時の親がどんな思いで子供を山に捨てたのかも、捨てられた子供がどれだけ辛い思いをしたのかも、スグリには分からない。
ただ――悲しかった。
遠い昔に辛い思いをしながら死んでいった子供達が、いまだにお腹を空かせて泣く姿が哀れだった。
「……」
ぐっと口を引き結ぶスグリの頭に、何かがぽすりと当たる。柔い感触の正体は、黒いしっぽだ。肩に乗ったミントが、スグリの頭をしっぽで叩いたのだ。
『なんて顔してんだよ。百年以上も前のことだ。そういう時代もあった。誰にもどうにもできなかった、過去のことだ。お前が勝手に傷ついてどうするよ』
呆れた声と共に、ミントは地面へと飛び降りてミソカを見上げた。
『いやいや、思ってたより青いなぁ、てめぇは』
「……それは、黒の御方様に比べれば、僕はまだまだ若いので」
『かーっ、生意気だねぇ。まあ、若者の愚痴として聞き流してやるが、関係ないヤツに当たるなよ』
「……」
『ったく、御託を聞いている間に、葉っぱがみぃんな赤くなっちまった。さっさとやれよ』
「ええ」
ミソカはすっかり赤く染まったラング・ド・シャの袋を持ち、封を開いたそれを思いきり振った。
宙にばらまかれたラング・ド・シャが地面に落ちる前に、ミソカがふうっと唇を尖らせる。途端、強い風が吹いて、ラング・ド・シャは空高く舞い上がった。
「あ……」
まるで本物の紅葉のように、ラング・ド・シャは山裾へ向かってひらひらと舞い落ちていく。
空から降ってくる赤い葉を、霊の子供達は涙に濡れた目で見上げて、手を伸ばす。
紅葉のような小さな手がラングドシャを掴んで、口に入れる。
――あまぁい
――おいしい
――おいしいねぇ……
泣き声はやみ、子供達は夢中でラング・ド・シャを頬張る。ミソカは次から次へとラング・ド・シャをばらまいていく。
ざああああ、と風に乗って流れる、赤い紅葉のラング・ド・シャ。
これが『紅葉流し』なのだと、説明されなくても分かった。
やがて満腹になったのか、子供達の霊は一人ずつ淡い影となり、消えていく。
最後の一人が消えた頃、風もまた止まった。傾いた日差しが山を一層赤く染めて、穏やかながらも冷たいそよ風が木々を撫でるだけだ。
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