第二話 幼なじみと四葉のフォーチュンクッキー

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 ナツメは、スグリの一つ年上の幼なじみだ。  スグリが三歳の頃からの付き合いがある彼は、見た目こそは天使のように美しい美少年であったが、中身は悪魔そのものだ。誰にでも愛想が良く親切なのに、スグリに対しては違った。 『こんな魔法もできないなんて信じられない。仕方ないから、僕が教えてあげようか? できるかどうかはわからないけど』 『まだ空も飛べないの?残念だな。今度みんなで流星群の夜空を飛ぶのだけど、スグリは参加できないね。よかったら、僕の箒に乗せてあげようか?』  優しく微笑みながら、直球で嫌なこと(全部事実ではあるのだが)を言ってスグリを傷つけるのが彼の常だ。中学に上がる時なんか、魔法学校に入学することができなかったスグリを「魔女のくせに何で入れないの」と無慈悲に詰ってきたものだ。  もっとも、スグリが普通の中学に通うために家を出て、田舎町に引っ越してからは、ナツメと会う機会はなく、平穏に日々は過ぎていった。  ところが、一年半前の放課後のこと。ナツメがポムグラニットに突然現れた。  ここから街までは車で一時間半以上、電車やバスを使えば三時間はかかる。どうやって来たのかと問う前に、箒を掲げられた。 『飛べば二十分もかからないからね』  学校の帰りに寄ってみただけ、とナツメは軽やかに笑った。  十五歳以上になれば街の外を箒で飛ぶことができる許可を得られるとかなんとか言っていたが、スグリは苦手な彼の登場に愕然としたものだ。  以来、ナツメは月に一度、ポムグラニットを訪れるようになった。  そんな日は、スグリはとても嫌な気持ちになる。  だって、ナツメに会うと、自分が本当に魔力の無い、落ちこぼれの魔女なのだと自覚してしまうからだ。  黒いローブ。  綺麗な色のお洒落なネクタイ。  魔法学校指定の箒。  魔女や魔法使いを目指す子供にとって憧れで、魔法学校の制服を着て箒に乗って空を飛ぶことが、魔女の血を引く者達のステータスとなっているくらいだ。  もちろん、スグリだって憧れていた。  日本の五大魔女本家『五色(ごしき)』の一つである『赤橙(せきとう)』の血を引くスグリ。  しかしながら、周囲の大きな期待は、スグリが生まれてすぐに打ち消された。  魔力を持つ者は、同時にその身体に色を持って生まれる。髪や目の色が、普通の日本人と異なって特徴的な色を持つのだ。『赤橙』であれば赤い髪を持ち、『青樹』であれば青い目を持つという具合に。さらに、持つ色が二色以上、濃い色になればなるほど魔力は強くなる。  しかしスグリは、黒髪に焦げ茶色の目を持って生まれた。普通の、魔力を持たない人間と同じ色だった。  そして色が示す通り、スグリには魔力がほとんどなく魔法を使えなかった。かろうじて、使い魔の言葉を聞けるだけだ。  それでも、できないとわかっていても魔法を練習したし、何度も転げ落ちて怪我しても箒にまたがったし、たくさん勉強して魔法学校も受験した。  ……結局、全部うまくいかなかったけれども。  魔法学校の入学試験に落ちたことを機に、家を出た。一人暮らし(+一匹)の生活は、時々寂しくなることはあるけれど、引っ越してきて良かったと思っている。  今通っている高校では、気の置けない友達もできて、学校生活は楽しい。  ポムグラニットの店番で、いろいろなお客様を迎えて話すことも好きだ。  だけど、ナツメが来ると、ふと思い出す。  思い出してしまうのだ。  実家に住んでいたころの、肩身の狭い思いを。  家族の同情する目や、親族の蔑む声を。  堂々とその場所にいれなかった惨めな自分を。  憧れて、頑張っても、手の届かない存在を。  そこに悠々といるナツメを見ると、羨ましくて嫉妬すると同時に、自分が情けなくなる。そんな気分になるから、嫌なのだ。
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