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ある日道を歩いていると、奇妙な物を見かけた。
それは鎖がぐるぐると巻かれた三角コーンを被った犬であった。
「……どういう事?」
思わず疑問が口を突いて出たが、意外な所から回答が来た。
「我思う、故に我有り。我が輩は犬である」
「うわ」
前方、やや下の位置からくぐもった声が聞こえる。ここには自分と犬しかいない。それならば、喋っているのはきっと犬だ。
「汝、何故我が輩がこのようになっているか、気になっているのであろう」
そりゃそうだ。三角コーンに鎖が巻かれる状況自体謎であるし、犬がそれを被っているのも謎だ。そして犬が喋っているのも謎だ。気にならない訳がない。
「そりゃ、まあ、はあ」
「ふふふ、そうであろう。だが得てして真実など下らない物だ。それでも知りたいか?」
「あ、教えてくれる流れなんですか?」
「いいだろう。あれは夏の暑い日のことだった……」
案外すらすら喋ってくれるぞ、この犬。聞き取りにくいのは残念だが。
「という訳だ」
犬の二時間にも渡る冒険活劇はこれにてお終い。ご静聴ありがとうございましたと言わんばかりに恭しく頭を下げる。鎖の重みで取れそうになるが、犬は慌てて被り直す。
「はあ」
溜息なのか返事なのか、判然としない言葉を吐く。二時間も人(犬だが)の話を聞いていたら、そりゃ疲れる。ましてくぐもっていて時折何を言っているのか聞き取りにくい。
それでいて大した内容ではなかったのだから、こちらとしては損をした気分である。
「つまり君は、散歩をしたかったんだな」
「そうだ。さあ、この鎖を振り解いて、我が輩を散歩へと連れ出しておくれ」
それはおかしい。先程までの話だと、三角コーンを被りはじめてから随分歩いてきているはずだ。それを散歩にはカウントしないのだろうか。
「我が輩のお供をするがよい」
「あ、そういう」
犬のしたい散歩とはそういうもので、私と犬の主従関係はそういうものらしい。
私は鎖を解いてやり、その端っこをしっかりと握りしめ、その犬の頭に被せられた三角コーンを元の場所まで返しに行くことにした。
「いい加減にそれ、外さなきゃね」
私が三角コーンに手を掛けると、犬は珍しく激しく抵抗した。
「いやだぁ! 我が輩は下々に顔をさらすような身分ではなぁい!」
問答無用でぺいっと剥がす。何のことはない、普通の犬だ。
「恥ずかしい!」
「やかましい。ほれ、歩け歩け」
最初こそだだをこねていたが、犬はやがてご機嫌に歩き始めた。
その様子を眺めながら、手に握られた鎖の冷たさ、犬から伝わってくる引っ張る力、放してはならないと言う責任感を感じながら、私は歩いていくのだった。
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