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ああ、クリスマス。もうそんな季節になっていたんだ。
わたしは少しだけ考えてから松雪さんにそっと身体を寄せた。
「無いよ。それより松雪さんの時間が欲しい。クリスマスの松雪さんに逢いたい。ダメ、かな」
「うーん」と唸りながら松雪さんはわたしをぎゅっと抱きしめた。
「クリスマス当日?」
「イブでも当日でもどっちでもいいよ。でも街がお祝いに包まれている、クリスマスツリーが一番輝いている日に松雪さんに逢いたい。30分でも……ううん、20分でもいい」
クリスマスにはしゃぐ年齢はとっくに過ぎたし、自分にはもう無縁で日常と変わらない日と思っていたこともあった。
だけど松雪さんと出逢って、松雪さんと恋をして、恋人たちが手を繋いで愛し合う日に離れているのはさみしいと思ってしまった。
恋人同士の甘い瞬間を感じたいと思ってしまった。
「健気だなあ」
松雪さんはわたしの背中をポンポンとあやしながら「わかったよ」と言った。
「でもほんとに30分でもいいの?」
「ほんとはもっと一緒にいたいに決まってるでしょ」
「そういうぼくだって逢いたいと思っていたから聞いたんだよ、プレゼント。なんとかするから」
忙しい人だから時間を捻出するのがどれほど大変なのかわかっているつもりだ。だからこうやってわたしのワガママを聞いてくれるのは松雪さんなりの愛情なんだと嬉しくなる。
「やった」
さらに身体を押しつけ、深く松雪さんの匂いを吸い込んだ。
どこか草食動物のような優しい匂いに煙草の匂いが染みついている。煙草なんて嫌いだったけど、松雪さんから香る匂いは好きだ。
松雪さんは床に落ちていたストッキングを拾うと「ほら」とわたしの足を取った。
「もう時間だ。足を入れて」
「まだ離れたくない」
「でも困るのは万葉でしょ。またすぐ逢えるから」
松雪さんの言う通りだ。仕方なくストッキングに足を入れると松雪さんは慣れた手つきでスルスルと手繰り上げていく。
窮屈な防備が太ももまで達すると、いたずらをするように指先で潤んだ場所に触れた。
「あっ」
「ああ、ごめん、滑った」
松雪さんはクスクスと笑いながら「ほらお尻を上げて」と言った。
さっきまで熱を孕んでいた場所はおさまっているはずもなく、小さな刺激一つで従順に欲しがってみせる。
「意地悪」
シートからお尻を上げながら松雪さんの首にしがみついた。憎たらしくてうなじに噛みつくとさらにおかしそうに笑った。
「情熱的だなあ」
「松雪さんが悪いんだよ」
「そっかあ、ぼくが悪いのか」
すっかりとストッキングをはかせ終わった松雪さんは、つるつると滑りの良くなったわたしのお尻を撫でた。そのまま縫い目に沿って指を滑らせる。
「じゃあ次までいい子にしてるんだよ」
「ばか」
覆いかぶさって唇を触れさせると可愛く啄むようにして応えてくる。深く愛しあうためじゃなく、愛おしさを分かち合うためのキスだった。
「ほら、そろそろ出発するから大人しく座ってシートベルトをして」
松雪さんに言われてわたしは大人しくシートに背中を預けた。こんなに幸せな時間が終わると思うとさみしくて仕方ない。
いつもそうだ。
また逢えるのに引き裂かれるようで辛い。だけどそれを言うと松雪さんが困ったように眉を落とすのでぐっと我慢した。
車はゆっくりと夜の街の中を走り出した。
普段は饒舌に話すのに、別れる前のこの時間だけはとても静かだ。ただ二人でいることをじっくりと味わい染みこませるかのように。
家の近くのコンビニにつくと、松雪さんは一番端っこに車を止めた。
「気をつけて帰るんだよ」
「松雪さんも」
他の人の目を避けるように闇に隠れるわたしたち。
まわりに誰もいないことを確かめると、小さなキスだけを交わして車から降りた。
わたしはいつものようにコンビの中へと足を踏み入れる。
欲しくもないお菓子を買って外に出ると、松雪さんの車に背を向けて歩き出した。
わたしがちゃんと家に着くか確認し終えてから松雪さんは車を動かし始める。そのことに気がついたのはいつだったんだろう。
わたしは松雪さんに愛されている。そう実感したんだった。
ぽっかりと穴が開いたような気持ちを抱えて自宅に帰るとリビングの明かりが煌々とついていた。テレビの音量が玄関まで届く。
ため息を押し殺しながらドアを開けると想像通りの景色が広がっていた。
ソファに寝転がってテレビを見ていたその人はわたしを認めると「おかえりー」と手だけを振った。
「遅かったじゃん。楽しかった?」
「ただいま。っていうかだらしないなあ、ビールの缶くらい拾ってよ」
「あとで片付けるって。はいこっち来て」
ヘラヘラと笑いながらわたしを呼び寄せ、肩を抱いた。
髪の匂いを深く吸いながらくくっと小さく笑う。
「相変わらずタバコ臭えな、お前のおともだち」
そのまま首筋に顔を埋めると小さく嚙みついた。
「やめてよ、葉月」
逃げようと身を捩ると強く髪を引っ張られた。笑顔なのに何を考えているのかわからない男に肌が粟立つ。
「離して」
「逃げることないじゃん。お前の大切な双子のお兄様が心配して待っててあげたというのに」
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