3人が本棚に入れています
本棚に追加
***
世界の作り方は、神様によって異なる。
僕はまず小さな世界を太陽からほどよい距離に移動させて回し、月を作り、海を作り、陸を作った。僕がまだ人間だった頃生きていた世界をモデルにしたわけだ。
海の中に生命が生まれ、その生命が陸に上がり、緑が芽吹き、恐竜が生まれ、恐竜が滅んで哺乳類が栄え、猿が人間に進化し――。彼等にとっては凄まじく長い時間、されど僕にとっては極めて短い時間。あっという間に人類は繁栄を遂げ、町を作り、文明を築き上げたのだった。
世界が成長してきたら俄然、直接様子を見に行きたくなる。僕は世界に降り立った。やってきたのは大きな大陸にある“イリスゲート王国”という国だ。
「わあ、すっごい花畑!」
イリスゲート王国の王都と、隣町を繋ぐ長い長い黄色の煉瓦の道。その道は、一面の花畑の中を通る。ピンク、黄色、オレンジ、水色、紫。色とりどりの花が、僕の目を楽しませてくれた。
「!」
その花畑の中には、一つの石碑が建てられていた。円錐の上に、キラキラとした宝石のような青い球体がくっついていて、何やら文字が刻まれている。どうやらこの国の守り神を祀っているものらしい。
そしてその前には、一人の白いワンピースの女の子がお祈りをしているのだった。僕は思わず見惚れてしまう。ふわふわとした長いピンクの髪に、宝石のような青い目。なんて可愛らしいのだろう。年は、八歳かそこらだろうか。その子は綺麗に編んだ花冠をお供えしているようだった。
「ねえ」
僕は思わず声をかけていた。え、と少女がこちらに気付く。
「何をしているの、そんなところで。君はだあれ?あ、僕はリイン。よろしくね」
「よ、よろしく。レアといいます」
少女は困惑したように僕を見る。見慣れない顔だからだろう。
「えっと、お祈りをしているんです。この世界に、ひとつでも恐ろしいことが起きないようにって」
彼女は鈴が鳴るような声で言った。
「イリスゲート王国と、他の国で……仲が悪くなっていっている、みたいで。もしかしたら戦争が起きるかもしれないって話があって。でも戦争になったら、町の人も、この綺麗な花畑もみんな焼き払われて死んでしまうでしょう?そんなのは絶対に嫌だから、守ってくださいってお願いしていました。みんな、一生懸命生きているのに」
「そうか、君はどんな世界になって欲しいのかな?」
「それは……うまく言えないですけど。みんなが誰かへの愛を忘れない、お互いに優しくなれる世界であってほしいと思っています。自分にはただ、祈ることしかできないけれど……」
ふんわりと微笑むレアは、天使かと思うほどに美しい。しかも、心まで純粋で綺麗とは。僕は一瞬にして、彼女のことが大好きになってしまった。
無論、神様のたまごである僕が人間と恋愛なんてできるはずがないし、もっと言えば神様は厳密には無性別だ。あくまで神様として、彼女のような人間は愛おしく感じる、という意味である。
「君はとても優しい子なんだね。じゃあさ……」
もっと彼女のことを訊こうと近づいた、その時だった。僕は、彼女のワンピースの首筋に、ひるがえったスカートの下から見えた太ももに、妙な痣があることに気付く。
「そ、その痣どうしたの!?痛そう」
「あっ」
彼女は慌ててスカートを抑えた。そして、苦痛をかみ殺した顔で――笑ってみせたのである。
「な、なんでもないんです。俺が悪い子だから、お父様がしつけをしてくださってるってだけで、それで!」
「……俺?」
僕はぞっとした。目の前の少女は、少女ではなかった。
父親に虐待され、無理やり少女の恰好をさせられていた少年であったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!