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まさか、私を忘れてる?
早く。早く。
そう思いながら、学校から家まで全力で走る。
明日からは、春休み。
だいぶ、温かくなってきたし。
きっと、そろそろだと思うんだ。
早くしないと、間に合わないかも知れない。
本当に久しぶりだから、間に合わせたい!
はあはあしながら、家に着いた。
「た、だ、い、ま」
お母さんが、私を見て笑う。
「おかえり。汗だくじゃない」
「お母さん、カメラ貸して」
ランドセルを置いてすぐに、頼む。
久しぶりに会える、友だちの写真をどうしても撮りたかった。
久しぶりの感動の出会いを、写真に収めたい。
友だちがいる、裏庭に急いだ。
友だちと会ったのは2年前。
夏祭りの翌朝だった。
遊びに行った公園で、歩いているところに遭遇した。
一際体の小さい子だったので、縁日に来ていた仲間たちとはぐれたのかも知れない。
そして、誰にも見つからずに置き去りにされたのだろう。
私はその子を家に連れて帰った。
母は驚いていたけれど、家に来たことに関しては、笑って許してくれた。
友だちの名前は「ゴードン」。
私とゴードンはすぐに仲良くなった。
私はゴードンが大好きで、家にいる時はゴードンの側にいたし、ゴードンも私が好きで、私のあとをついて回った。
一度などは、私の側に来た過ぎて水槽の縁に手をかけ、大きな体を懸垂のように持ち上げて、水槽から出ようとしていた。
何度も体を持ち上げて、持ち上がらずに下げる。
また、体を持ち上げる。
ゴードンの懸垂は10回ほど続き、体力がなくなったのか、ポトっと落ちた。
悲しそうに、こちらをジッと見上げるゴードン。
そのユーモラスな姿に、母と私は涙が出るほど笑った。
「ゴードン!」
私は声をかけながら、水槽を覗く。
ゴードンがいた。
くわぁ、と大きく口を開けて欠伸していた。
私はがっくりと膝をついた。
去年の12月、ゴードンは自分から砂に潜って行き、姿を隠した。
悲しかったけれど、お母さんに言われた。
「ゴードンには日本の冬が寒いのよ。温かい砂の中で、春まで眠るの」
ならば、寝かせてあげなければいけない。
でも、冬の間中私は不安だった。
もし、お寝坊ゴードンが起きなかったら?
毎日不安がる私に、お母さんが提案した。
「不安がらないで、ゴードンが起きて砂から出てきた一番最初の久しぶりのお顔を、写真に撮るとか、楽しみにしたらどう?」
かくして私は寒暖計とにらめっこし、15℃以上になるのを待ち続けた。
そろそろかなぁ、と思っていたのに。
子亀のゴードンは私の都合などお構いなく、学校に行っている間に、勝手に起きていた。
しかも、一点を見つめてボーっとしている。
どうやら、起きたばかりのようだ。
「もう少し、待っててくれれば良かったのに」
文句を言う私をじっと見上げるゴードン。
のそ、のそと水槽の縁まで近づいて来て、カパ、と口を開ける。
ゴードンは何を考えているのかイマイチ分からない。けど、動きはユーモラス。
冷蔵庫から持ってきた魚肉ソーセージをちぎって一欠、ゴードンに渡す。
ゴードンは、口を大きく開けてかぶりついた。
冬眠開け、砂から出てきたゴードンの写真は撮れなかったけど。
これからまた毎日ゴードンと遊べる。
「久しぶり、ゴードン。会いたかったよ」
飼い主の私よりも、魚肉ソーセージに夢中なゴードンは、感動の再会など理解していなかった。
ゴードン、冬眠中にもしやもしや。
まさか、私を忘れてる?
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