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1-2
夏の実家は涼しかった。
山のふもとに家があり、家と山の間には
小さな川が流れている。
小川というと聞こえはいいが、水は少なく、
腐った落ち葉が底に見える石に積もっている。
私にはそれが、不潔に感じていた。
幸い、家の裏には柵がかけられており、川に降りることはできない。
私はこの柵に、守られていることに満足していた。
裏庭に、半分埋まっている大きな石を掘り返し、柵の傍まで転がしていく。
湿った土がついている石を、胸まで抱え上げてみた。
然し、柵の向こうに放るには頭上いっぱいに腕を伸ばさなければならなかった。
伸ばした腕の先にある手の甲、さらにその先にある石を見つめ、期待いっぱいに放り投げた。
力が足りず、川につながる斜面に幾度かぶつかり、微かに流れる水にすら届かなかった。
鈍い音も、甲高い音も、響き渡る音も、何も現れなかった。
期待は何一つ達せられなかった。
しかし、私は高揚していた。あの川に、石を投げることができたのだ。
私は父と軽トラックに乗り込んだ。
車内で育てられた空気は、ほこりの匂いが蔓延り、私の首筋から肩までをぐっと押し込む。
黒い取っ手を掴み、くるくると回して窓をあけた。
外の空気はあまり冷たくなかったが、肩まで染み込むように沢山味わう。
窓枠に肘をかけた。すぐに、肩が辛くなり腕を戻した。
左側の風景や真下に流れる地面を眺めて時間をつぶしていた。
大きなトンネルを一つ抜け、池の脇を通った。
池に沿うように右に曲がり、二つ目のトンネルが近づいてきた。
トンネルを通るのは好きだった。空間が隔たれて、黄色い明りが広がっている。
充満したガスの匂いが、異端さを後押ししていた。
「窓を閉めなさい。体に悪いから。」
革質で先すぼみの黒い蛇腹に刺さったシフトレバーを左手に握ったまま父が言った。
目線は前を向いたまま、一瞬顎だけこちらに向けて話しかけてくる。
「夕方に迎えに来るからな。」
「うん。陽菜いるかな?」
「ああ、いるって言っていたぞ。」
「わかった。」
トンネル抜けて、すぐ左の脇道に入った。
コンクリートから砂利道に切り替わり、細かい振動が増える。
左手に一軒家と隣接された大きな作業所が現れた。その前には広い敷地が広がっている。
父方の祖父は、元々大工をしていた。大きな作業所はその名残であるといつか父が言っていた。
作業所の前では、祖父がドラム缶に薪を入れて火を焚いている。
父は車を停めた。
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