第3話

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第3話

 僕の世界はずっと息苦しかった。  いつだってその世界の空気は毒に犯されていて、目一杯息なんてできない。  できるだけ呼吸を抑えないと生きてはいけなかった。  そうでもしないと、心も体も毒に犯されてしまうから。  『こんにちは、ナナです。初めまして。さて、どこに行きますか?』  だけどやっぱり、綺麗なままではいられなかった。  この世界には毒が多くて、どんなに気をつけても少しずつ毒が蝕んできて······  ヒロさんの家はとある高級マンションの1室で、何度かお邪魔したことがある。  僕はヒロさんに促され、広い浴室でシャワーを浴びることになった。  熱いお湯が心地良い······  この汚い体がほんの少しだけ綺麗になれた気がするから。  「温まった?」  タオルである程度髪を拭いて乾かし、僕はヒロさんのいるリビングへ。  ちなみに着ているのは用意された僕サイズのパジャマ。  ツルツルとした布は肌触りが良く、普段着てるヨレヨレのジャージとは比べるだけ失礼だろう。  「はい。シャワー、ありがとうございます。パジャマも」  「これくらい当然のことだよ」  そう言って、ヒロさんは僕にキスをした。  僕は反射的に目を瞑り、キスを受け入れる。  酸素も唾液もすべて奪うほど強引で、だけど壊れ物を扱うかのように優しくて······  「キス、まだ嫌い? 手の平に爪立ててけど」  「······すみません」  嫌いだよ······なんて、お金を貰っている立場では言えるはずもなく。  「あの、もうベッド行きますか? 準備はしてありますけど」  だいたいいつもここでベッドまで運ばれ、抱かれる。  何度も何度も偽名(ナナ)を呼び、キスと同じくらい優しく抱かれる。  それは僕にとったら苦痛の時間。  乱暴にされる方がまだマシなのに、彼はいつだって優しかった。  だからキスも行為も嫌いだった。  「ううん。今日は別の用でナナを呼んだからいいよ。ああでも、ちゃんといつもの額渡すから安心して」  「······」  ヒロさんは僕を抱き抱え、ソファーに隣り合って座らせる。  そして彼はスッとスマホを僕に差し出し、画面を見せた。  画面に映るのは最近起きた事故のニュースだった。  駅の階段で、歩きスマホをしていた通学中の女子高生1人が転落死したという内容で······  「これ、ナナの妹さんであってるよね」  一緒に掲載されていたのは、見慣れた顔の少女の写真。  顔を見るだけで頭の中にあの甲高い声が蘇る。  ついでに生きているからと僕を責める母の声も蘇ってきた。  「そして、今日は彼女の葬儀だったよね」  「······」  いつの間に僕の個人情報を入手したんだろう。  妹がいることも、彼女が死んだことも、今日が葬儀だということも僕はヒロさんに教えていない。  こういうのって簡単にわかるものなのかな。
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