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71.悪役令嬢は鎌をかける
「ねえ、リナリー……覚えている?」
「なぁに?」
「貴女は言っていたわよね。強大な力を私が使えば魔女と呼ばれ、貴女が使えば聖女と呼ばれると」
「そうね。確かに言ったわ」
それが何?と言いたげな目をこちらに向けるリナリーに、私は言葉を選びながら口を開く。
「嫌われ者の私が魔力を持っていても良いことなんかない。貴女が聖女としてその力を国のために発揮した方が私も良いと思うの」
「まぁ、そうでしょうね。私には信頼があるから」
「ええ。エリオットだって貴女に夢中よ。仕方なく私との結婚を進めようとしていたみたいだけど、貴女が力を手に入れたと聞いたら……分かるわよね?」
「はぁ。男ってみんな同じ、私が少し笑い掛けたら勘違いするのよ。南へ逃げた貴女に派遣した男たちが居たでしょう?彼らも私が花売りだった時のファンよ」
愛されるのも疲れちゃうわ、と大きな溜め息を吐いてリナリーは顔を顰める。
かなり心を開いてくれている気がする。
この調子で、知りたい情報を手に入れたい。
「双子なのに残酷よね、私は魔力には恵まれたけど貴女のように人望はないし。どうしたら皆に好かれるの?」
「べつに特別なことはしていないわ。ただ笑顔で優しくすれば良いだけよ、あとは勝手に勘違いするから」
「うーん、私にも出来るのかしら?」
「無理でしょうね。私は特別なの。貴女が過去を遡って絶滅したサバスキアの蝶を捕まえることが出来たら別だけど」
「それは標本でも良いの?」
流暢に喋っていたリナリーが急に口を噤んだ。
青い瞳が見開かれ、私を射抜く。
「アリシア…あなた……!」
「イグレシアの家から盗んだのね。仕組みは分からないけど、魔力がなくても魅了が使えるなんて便利だわ」
「分かったところで無駄よ、この檻の中で貴女は一人!何も出来ない、誰も来ない!国王も王妃も、エリオットや兵士だって、みんな私の味方なの!ここは私の世界よ!」
「そうね、残念ながら」
笑顔を向けるとリナリーは頭に血が上ったのか私の手を踏み付けたまま、地団駄を踏んだ。ジャリジャリとした小さな砂が皮膚に食い込むのを感じる。
「貴女にもう力はない、魔力のないアリシアなんて何も怖くなんかないわ!」
伸びて来た手が私の首から革紐のネックレスを引きちぎった。地面に落ちた小瓶にはヒビが入り、隙間からサラサラと偽物の青い粉が流れ出て行く。
彼女の主張はもっともだ。
魅了の力を与えた出所が分かったところで、今の私には何も出来ない。謎が解けてもアリシアの魔力は戻っては来ないのだから。
「………まぁ、別にいっか」
スイッチが切れたように無表情になったリナリーは落ち着きを取り戻して、また指輪を弄り出す。
「べつに放って置いたら貴女は死ぬし。今までとシナリオは違うけれど、それはそれで面白いわよね」
「……どういうこと?」
「教えてあげないわ。今、国王と王妃、彼らの側近を交えて貴女の処遇を話し合ってるみたいよ」
「処遇もなにもあれは貴女が…!」
「誰が信じるの?」
「………っ!」
「悪役令嬢アリシア・ネイブリーの主張なんて誰も信じないわ。そんなもの必要とされていない。貴女はこの世界から必要とされていない。退場確定のキャラクターなのよ」
厚い雲の隙間から漏れた月明かりが照らし出すリナリーの顔は、残酷なまでに美しい。知らなかった。綺麗な人が見せる悪意のある笑顔は、こんなに恐ろしいものなのだ。
立ち上がって小さな窓からリナリーは下を見下ろす。
くるりと振り返ると、その顔はもう笑っていなかった。
「公開処刑になったら最後は私が見送ってあげるわ。貴女を憎むすべての人の前で、優しい祈りを捧げてあげる。聖女としての最初の仕事に相応しい行いよね?」
満足そうに頷いて、そのままリナリーは部屋を出て行った。
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