72.悪役令嬢は魔獣と話す

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72.悪役令嬢は魔獣と話す

 見慣れた姿より一回り小さなその魔獣が通気口から顔を出したのは、私がリナリーと話した次の日のことだった。うつらうつらと眠りに落ちかけていた私は、おでこに生えた角やピンク色で丸々と太った身体を見て、すぐに駆け寄って引っ張る。  ペコロスはどういうわけか頭だけを先に出して、苦しげな顔でブヒュンブヒュンと鳴いていた。ペコロス、もといエリオットがこうして来てくれたのは助かるけれど、もう少し体型を絞れなかったのだろうか。  スポンッという気持ちの良い音と共にペコロスの身体はようやく通気口から抜けた。私は埃や泥にまみれた小さな身体を自分の服で拭いてやる。重たくて窮屈なドレスは苦しいだけなので、シャワーを浴びる際にキャミソールワンピース(母であるモーガンはシュミーズと呼んでいたけれど)一枚を残してそれらの武装は取っ払っていた。  いつもの要領で二回飛び跳ねたペコロスは、顔を顰めたエリオット・アイデンへと姿を変える。その変身の早技よりも何よりも今回私を驚かせたのは、彼の左目に出来た青いアザと大きく腫れた頬。 「どうされたのですか!?お顔が……!」 「父と揉めた。婚約者である君を閉じ込めるなんて気が触れていると抗議したら、このザマだ」 「リナリー様に治癒してもらえば良いのに」 「この状況でそれを言うか?」  唸るようにそう吐き捨てるエリオットも、どうやら何かがおかしいことには気付いているようだった。その元凶についこの間まで心を捧げていたくせによく言う。 「俺のことは置いておいて…どう思う?」 「どう、と言いますと?」 「王宮の中では今回の件、君が母を突き落としたということになっている。そしてそれを救ったのがリナリーだと」 「……とんだ美談ですね、」 「笑い事じゃない。このまま行けば最悪死刑だぞ」 「なんですって……!?」  王族を死に至らせようとしたんだから可能性としては有り得る、と大真面目に分析するエリオットには「貴方が招き入れた客人なのよ、お馬鹿さん」と言いながらコツンと頭を突いて差し上げたい。  そういえばリナリーも公開処刑の可能性を示唆していた。  せっかくデズモンドの塔での毒殺を回避したのに、よりによって死刑。しかもこんな冤罪で。 「どうするもこうするも、ありません。私は王妃のことを押したりなんかしていない。それはリナリー様が…」  思わず口を噤んだ。  絶対的なヒロイン、リナリー・ユーフォニア。皆に愛される彼女をずっと追い掛けてきた。憧れ続けていた。彼女のように周囲から無条件の愛を与えられる存在になりたいと。  その先を話さない私を、エリオットは急かすでもなく、責めるでもなく、黙って見守っていた。私たちはお互いきっと気付いている。この状況を作り出したのが誰なのかを。そして、それを言葉にすることで、何もかもが嘘になってしまうと。
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