73.悪役令嬢は謝罪を伝える

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73.悪役令嬢は謝罪を伝える

「……私は、きっと心のどこかで甘く考えていたんだと思います。双子だからとか、友達になれたら…とか」  ぽつりぽつりと雨が落ちるように紡ぐ言葉を、エリオットはそばで静かに聞いてくれる。出会った頃のような嫌悪感はいつの間にか感じなくなっていた。  冷徹で、感情の読めない機械人間だと思っていたエリオット・アイデン。しかし、ペコロスとして共に過ごした彼の行動を思い返せば、どうやら彼にも人間らしい面もあるのかもしれないと思えた。そんなことを言うと、きっと澄ました顔で否定されるのだろうけど。  私はユグナーク国王に殴られた箇所が痛々しいエリオットの顔を見て、ネイブリーの屋敷で彼を思いっきり平手打ちしたことを思い出した。そういえば、あの件は謝っておく必要がある。視線を下げて、握られた自分の手を見ながら口を開いた。 「以前、屋敷の庭で姿を明かしてくださった際に、感情的になって手を上げたこと…大変失礼いたしました。謝罪が遅くなってすみません」 「………ああ」  ああ、だけ?  恐る恐る見上げた顔は特に気にしている様子もなく、怒っている風でもない。私は拍子抜けしてつい口を滑らせた。 「実は、貴方のことをとても恨んでいました」 「恨む……?」  目を細めて訝しむようにエリオットは首を傾げる。 「えっと…リナリー様に恋をしているなんて事実、普通は婚約者に打ち明けませんよね?隠し通すのが礼儀かと…」 「そういうものなのか?」 「たぶん…はい。というか…どうして、まるで目が覚めたように私を妃に迎えたいと仰ったのですか?」  私はバルコニーで受けた告白について問いただそうとしていた。あんなに一生懸命に自分の初恋を私に訴え掛けていたのに、なぜ今になってリナリーの告白を「断った」なんて言うのだろう。  エリオット・アイデンの心境の変化を知りたい。  もしかすると、そこに魅了の解除に関する何かがあるかもしれない。  熱心に見つめる私の視線を受け止めて、エリオットは一瞬だけ怯むような表情を見せた。ここで誤魔化されては困る、と私は身を乗り出して話を聞く姿勢を取る。 「君がネイブリー家を抜け出してすぐに、リナリーから家を追い出されると相談を受けた」 「ええ。その話は存じ上げています」  ネイブリー邸で話した際にも、彼の口から語られたことだ。家賃が払えなくなった可哀想な友人に有り余る王宮の部屋の一つを貸し与えた、という内容で。 「以前から自覚はあったことだが、彼女を見ていると気持ちが浮つくのを感じる。頼まれたことは断り辛いし、なんとかして期待に応えたいと気持ちが(はや)るんだ」 「……それが恋であると?」 「そう思っていた。宮廷医師も身体に異常はないから心の問題だと…恋愛の症状ではないかと言われた」  大真面目にそう語るから、私は笑い出しそうになった。  齢二十七歳ともあろうエリオットが医師にそんな相談をしていることが素直に面白い。本当に馬鹿がつく真面目というか、恋愛小説のヒーローにあるまじき抜けっぷりだ。  少しニヤつく私を不満そうにひと睨みすると、エリオットはまた言葉を続ける。 「君とマリソルで会った後で、考えたんだ。リナリーに対する気持ちは何なのか。時間を掛けて一人で自問自答を繰り返した」 「それで…?」 「分からなかった」 「はい?」 「リナリーのことを考えると頭が真っ白になる。何と言えば良いのか……上手く言えないが、何も浮かばないんだ」 「それだけ夢中なっていたってことでは?」  今となっては魅了なのだろうとおおよその見当が付いていても、いざその状況を説明されると腹が立った。随分と勝手だと我ながら分かっている。しかし、エリオットは私の言葉を受けて静かに首を振った。 「いや、違う。アリシア…俺は君が思っているほど他人に無関心な人間ではない。人に自分の気持ちを伝えることは正直なところ苦手だが」 「………、」 「少なくとも、君のことを考えると浮かぶ思いはあった。大切にしたい気持ち、心配、不安、そういった感情はいつも心の中で持て余していた」  驚いて顔を上げる。  エリオットはとても冗談を言っている様子ではない。  アリシアは今、この言葉を聞いているだろうか。彼女の望んだハッピーエンドは存外、遠いものではなかったのかもしれない。手を伸ばせば掴めるほど近い場所に、あったのかもしれないのだ。 「……それならば、なぜ!リナリー様と殿下の距離が縮まることが一番私を傷付けると分かっていたでしょう!?」 「すまない。彼女の青い瞳を見ると、どうにも……」 「………青い瞳?」  私はリナリーの宝石のような瞳を思い出す。キラキラと輝くサファイアブルーの瞳。その美しい色合いはサバスキアの蝶を彷彿とさせる。一度、リナリーの瞳を見ると、私たちは彼女の虜になってしまう。その言葉に耳を傾けて、一言も逃さぬようにとーーー 「そうだ……あの瞳だわ…!」  私は弾かれたように立ち上がった。
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