74.悪役令嬢は冷徹を揶揄う

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74.悪役令嬢は冷徹を揶揄う

 アリシアの瞳ははちみつのようなイエロー  リナリーの瞳は艶かなサファイアブルー  もともと髪色も違うし、彼女が説明したように二卵性ということで異なるのだと思っていた。しかし、あの青い蝶によく似た色をした虹彩に何か仕掛けがあるのだとしたら。  サバスキアで出会ったイグレシア。彼女は多少強い口調ではあったけれど、リナリーの行動や性格に疑問を呈していた。どういうわけか全てを許してしまうと語るエリオットや孤児院のロザンヌと違って、自分の意思でノーを突き付けていたのだ。  亡くなったサラを含めて先ほどの兵士たち、国王、エリオットにロザンヌ……それらの人々とイグレシアの違い。それは、視力の差だ。同じ髪色だというだけで私とリナリーを見間違うほどにイグレシアの視力は衰退していたはず。 「殿下、これはあくまでも私の推論ですが…リナリー様は彼女の瞳を使って人々を魅了されている可能性があります」 「瞳を使ってだと……?」 「はい。殿下のご親戚であられるニケルトン公爵様は魔法学を専門とされていますよね?彼に教わったのです。私とリナリーが生まれ育った地に伝わる青い蝶の力について」 「サバスキアの蝶か」  ペコロスとして同行していた時の記憶を辿るようにエリオットは暫く目を閉じる。あの場所でイグレシアが語った内容にはわずかな認識のズレがあり、正しくは願い叶えるなどという生半可なものではなく、強い力を与える効果があると捕捉した。 「しかし、リナリーからは魔力は感じなかったはずだが?」 「それは疑問が残るのですが…おそらく魔力とは別の類いのものなのだと思います」 「なるほど……」 「貴方が魅了から目覚めた理由も分かりません。あんなに恋だの愛だのに悩まされていたのに、どうしてそれが解けたのですか?」  かねてより不思議に思っていたことを聞くと、エリオットは顎に手を当てて考える素振りを見せた。 「先ほども伝えたが、君とマリソルで話してからは自室に篭って時間を過ごすことが多かった。以前ほどリナリーに接触する機会はなかったから、それが原因かもしれない」 「ああ……それに、婚約者のストーキングに熱心で意識も分散されていましたものね?」 「ストーキング?」 「だってそうでしょう。殿下は私とニコライが仲良くお話していると必ずといって良いほど、切ない声で鳴いてらっしゃいましたから」 「そんなことは……!」  声を荒げるエリオットが面白かったので私は堪え切れずに笑ってしまった。今思えば、彼が魔獣として取った数々の行動は実に感慨深いものがある。  ニコライと私が二人で話していると彼は決まってチラ見を繰り返しながら、その奇妙な鳴き声で邪魔をしたものだ。あの時は体調が悪いのかと心配していたけれど、どうやらそうではなかったのだろう。  完全無欠の男と謳われた男が見せる人間らしい表情に、私は込み上げる笑いが止まらない。塔の中に閉じ込められて、周りは魅了された敵だらけ。こんな絶望的な状況なのに、どうしてかもう不安は感じなかった。  目尻に浮かんだ涙を拭って、私は自分の計画をエリオットに話すために長身の彼を見上げた。
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