75.悪役令嬢は計画を伝える

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75.悪役令嬢は計画を伝える

「君の計画については承知した。しかし、賛同するかどうかは別問題だ」 「では貴方は私にこのまま死ねと言うのですか?」 「そういう意味ではなく、」  苛立ったように目を閉じてエリオットはそっぽを向く。  私は並行線になりそうな話し合いに決着を着けるべく、もう一度最初から丁寧に説明しようとしたが、再びくるりと身体をこちらに向けたエリオットがそれを遮った。 「アリシア、君を危険な目には遭わせたくない」 「それは私も同意です」 「俺が魔獣に姿を変えてまで君に付いて回ったのは、ひとえに君の身を案じたからだ」 「ありがとうございます。お陰様でかなり上腕二頭筋を鍛えることが出来ました」 「ふざけた話じゃない、俺は…!」 「分かっています」  もう十分に理解出来ている。  エリオット・アイデンがいかにアリシアを大切に思っていたのか。もどかしいほどに擦れ違っていた二人の心を思えば、残念で仕方がないけれど、今からでも遅くはない。  今も昔も、私の一番の目的は変わらない。悪役令嬢として生涯を閉じたアリシアの人生を幸せに生きること。ただ、それだけ。そのために今何をすべきなのか。  残された答えはもう、一つしかない。 「私がお願いしたことをクロノス・ニケルトン公爵に伝えてください。彼の手を借りる以外に策はないでしょうから」 「しかし………」 「エリオット様、こうなった以上は貴方の魔法も、王太子としての権威も及びません。人々は次々に魅了されてリナリーに丸め込まれる」 「魅了が解ければ、」 「すべての人を貴方と同様に彼女から遠ざけることなど不可能です。貴方が招き入れた#唯の友人__・__#は今、この王宮において誰よりも権力を持っていると言っても過言ではない…違いますか?」  エリオットは苦い顔で頷いた。  口ではどんなに反対を述べようとも、彼だって分かっているはずなのだ。このままではアリシアは再び断罪ルートに進む。もう他人の手ではそれを止めることなど出来ない。  その強力な力で王妃の命を救い、国王をも手懐けた聖女。王妃を殺そうとした悪役令嬢の罪を暴く聡明さも併せ持ち、平民という肩書きは国民からの強い後ろ盾となってリナリー・ユーフォニアを守る。 「エリオット様は彼女に疑われない程度に距離を取って過ごしてください。話し掛けられても瞳を見てはいけません」 「……彼女に逆に魅了を掛けて解除させることは…?」 「それを誰がするのですか?まさか殿下は王宮の中で成功するかも分からない賭けに出ようと?」 「…………、」 「私の家族やニコライにはこの計画を伝えないで。彼らのことを必要以上に心配させたくないし、上手くいかなかった場合は余計に悲しませることになるので…」 「そんなことを言うな、君を止めたくなる」  彼の気持ちを表すようにゆらりと揺れるグレーの瞳を見つめた。もうすぐこの国にも冬がやって来る。冷たい風が通りを吹き抜けて、街の木々は白い化粧を施される。きっと、そうした景色に彼の双眼はよく似合うのだろう。 「勘違いしないでください」 「?」 「まだ貴方との結婚に合意したわけではありません。以前お伝えしたように、私は今までの私とは違う。貴女が十年余り見てきたアリシア・ネイブリーではないのです」 「……随分と突き放すんだな」  そう溢して俯くエリオットを私はただ静かに眺めた。  こうした言葉を聞くのは私の役目ではない。  私が行おうとしている計画は絶対ではないし、成功する確率は正直なところ計り知れない。失敗して無様にこの人生を終えるかもしれない。だけれど、アリシアをこの世界に呼び戻すことが出来る唯一つの方法だった。  不器用なエリオットが伝えようとしている彼の本心は、きっとアリシアだけが受け取る権利を持っている。乗っ取り転生者の私がそれを聞くのは憚られるし、荷が重い。173回目の人生でようやく彼女が救われるのならば、私はこの世界に来た意味もあったと思える。  顔を上げたエリオットの手を包んだ。  慣れ親しんだ魔獣と同じ体温を手のひらに感じる。 「エリオット様、婚約を破棄し、私の死刑を国王に勧めてください」  冷たい部屋の空気を私の声が震わせた。
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